二十七冊目・「子供を殺してください」という親たち 押川剛
押川剛・「子供を殺してください」という親たち
……人間が人間を育てる。万事受け身の乳児、幼児にとって一番身近なのは育ての親。次に友達が作れるようになったなら友達。長じて恋人。結婚相手。それから自分たちが産んだ子供。周囲の血縁者、近所の人々……しかし。それぞれが皆同等に好きあうわけでもないし、愛しあうわけでもない。
仮に好きな人や愛する人がいなくても、人間は一人では生きていられない。それと同じで一人で子供を育てることはできない。人間は人間同士、皆が協力しあって育てるもの……だと私は思っています。
以上前置きはおわり。本作の感想は以下の通りです。
わが国には、子供を殺してくれ……と、その子供の親から殺人を頼まれる人間が存在します。もしくは殺してくれる病院を紹介してくれと縋りつかれる人間が存在します……
ショッキングな表題、です。が、大変わかりやすい。表題だけで内容全般がわかり、読んでおもしろい内容ではなさそうだが、あえて読もうかと思わせる好例です。
子供を産んで育てておきながら、その子供を殺してくれという、なんてひどい親だろうかと通常は思います。通常はね。それが不特定多数の概念です。でも子供の死を望む親も現実にいます。単なる子供が嫌い、気に食わないということで育児放棄をする虐待親とはまた一線を引いた本がこれです。
大切に育てたつもりの子供が引きこもり、ペットを殺し家族に危害を加える。家庭が安らぎの場にならず、子供に振り回される……地獄です。そんな家族は疲弊し筆者である押川に助けを求めます。押川は依頼者であるその家族に面接しそのうえで当事者に会って病院などの適切と思われるところに繋ぐ役目をします。当事者である子供には決して無理をさせずに直接に会話したうえで。納得させたうえで。
統合失調症などによる妄想や幻覚や幻聴がひどくても会話するときは言下に否定しないのは基本です。今までそういった患者は会話不成立として、本人の承諾なしで手足を縛ったりして荷物のように病院へ送り込む、そういうのだったらありました。しかし、これをやってしまうと仮に治療を受けて症状が良くなったとしても本人の家族に対する恨みは消えません。
著者の押川は、学生時代は弱いものいじめこそしなかったものの、喧嘩ばかりし問題児扱いをうけていました。で、通学途中に精神病院があり、鉄格子のなかにいた患者たちと知り合いました。長期入院の患者ばかりで彼らから「坊主」 とかわいがられ、押川も会話に応じ、買い物をしてあげていたのです。思春期にそういう人々との交流があったというのは、そのまま精神疾患者との会話、タイミングを知らずして取得していたのではないかと思います。長じて押川は若くして警備会社の経営者になりました。ある時、雇人の一人が精神疾患に罹患してしまいました。その時に何かしてやれなかったのかという悔いが残った。もともと精神疾患のある人々との関わりがあり、現在の職務に至る素地がしっかりとあったのです。
本作は押川が関わった実体験を文字に起こしたものです。引きこもりイコール精神疾患ではありませんが多数がそれに関与しており、医療関係とつなぐ役目を果たしたケースを描いています。そういったことを事業でやったのはこの押川が日本初、いや世界初でしょう。成功もあれば失敗もあった。これを赤裸々に飾ることなく書いています。
一方、患者を医療機関に繋いでもこれで終わりではありません。受け入れ側の重要なキーマンである精神科医にもいろいろな人がいます。また福祉関係者などに接した経験から、法的な縛りがあるが故の対応の矛盾も綴ります。これは押川が医療関係者ではなくいわばアウトローな存在、と書くと怒られるかもしれないが専門職でないからこそ書ける話でもあります。精神疾患患者を病院や施設に送り込むという、医師から単なる運び屋に見られてもです。
文面には誇張は一切見られず、依頼された家族や本人にとってよかれと思ってしたことを淡々と綴ります。もちろん守秘義務がありますので細部は変更しているとはいえ、当事者に実際に会い実際に言葉をかわしたものでしか書けぬ文面にとてつもない迫力を感じて私はページをめくる手が止まりませんでした。
子供というものは愛情をこめて大きく育てるもの……それがどこでどう間違ってしまってこんなに親や兄弟を追い詰めるのか、苦しめるのか。病気のせいか、それとも育てたもののせいか……。
当の子供もまた苦しむ。家族に暴力暴言を吐き続けるか、時には自ら狂気の世界に行き家族との接点を徹底的に絶つこともある……本作は家族という一般的な概念を大きく覆し、一見平和で穏やかな団欒を営むようにみえるが実は、その一部は、と、現代社会の抱える現実を暴くものでもあります。平成三十一年現在も、同題名で漫画も連載されています。
ひきこもりの原因に非現実的な妄想や幻聴幻覚がある場合は統合失調症によるものが大半です。こういう患者は病識がない、といって己が病的であるという感情は持たない。家族が病院へ行こうといっても拒否します。時には暴れます。時には家族が世間体を気にして庇います。その結果、病気は進行する。疲弊した家族はなんとかしてくださいと押川に相談を持ち掛ける……押川は病院の医師にも行政にもかかわれないハザマにいる患者とその家族に介入して、よりよい状況を提案し実行に移す。
押川は公的背景を持たぬ一民間人です。繰り返しになりますが、彼の会社は簡単にいえば病人を、「言葉による説得」 で医療機関へ「移送サービス」をするところです。説得して納得の上移送したほうが予後、というか家族の長期的な関係を考えたらその方がよいに決まっている。
家族の依頼でドアを開け本人と対峙する。じっと見つめ、ある時を見計らって肩をぽんとたたいて「病院へ行くぞ」 という一言で「うん」 といわせる。阿吽というか、見事です。なかなかできることではありません。押川のプロフィールに問題児だったとあったが、だからこそできたことなのかとも感じました。彼は医師や看護師でもなく、福祉課の職員でもなんでもないのです。
私はこういったことが仕事になり、依頼する家族があとをたたないという現実にも愕然としました。押川は一歩間違えたら事件になる家族と常に対峙しているのです。
精神疾患による引きこもりは家族の恥部ではなく、病気なのです。時には家族が病気、家も病気になる。早期に治療できればそれに越したことはありません。一応ボランティア事業ではないので、お金はかかります。欠点といえばそれですが、行政がそれをやらない以上は誰かがやらないといけません。ちなみに初回の電話相談料金はホームページによると一時間一万円で消費税がプラスされます。実際に本人と面談するようになったらおそらく出張費用などの諸経費がプラスされて結構な金額になるかと推察されます。でもそんなことを言ってられないぐらい追い詰められた家族がいるのもまた事実。
私もまた相談を受ける側でもありますが、専門職でないうえ、窓口で大勢の患者に接している以上一人の相談に多くの時間が割けないのが現実です。住んでいる場所を伺い、該当する福祉課の電話番号を教えるのが精いっぱいということもあります。
押川はポケットに両手を突っ込んだり、腕組みをしながら対象者と話をする。本音をズバッといって患者に弁解もさせない強さもある。柔軟取り交ぜて先へ進めるやり方に感動すら覚えます。家族ですらいえないことをはっきり言えるのは家族ではないから。そして移送サービスという誰もしたことのない経験を重ねるごとに培うものがあるからでしょう。ドキュメンタリーで有名になり、私もこうして本作を読む恩恵にあずかったわけですが、読んで得ることは多かったです。
依頼人の家族からのクレームもあるかと思いますが、押川はたぶんメンタルは強いはずです。ブログを読んでいたら、修羅場のことは通常は忘れているとあったので、記憶の出し入れが上手なのは間違いない。
この本の発刊当時は精神疾患による差別を助長するなどという風評もあったらしいが、現在でもなおこういったサービスを望む家族が存在するのもまた事実。事実と現実に目を向けず最愛の我が子でありながら精神疾患の患者を作り出してしまった親の対応や育て方に責められる場合も多々あるでしょう。
子供を病気にさせた親、特に精神疾患にさせてしまった親は子供が幼いほど必ず責められます。長じて病気になった当人よりも親への対応に苦慮している様子も見て取れるシーンもあります。親が依頼者なのに、親が表面上は正常に見えても実は病的だったというケースもあります。その場合は当人に対して逆に「親を見限れ」 と言い切ります。しかるべき機関で従順に学んで資格を得た医療従事者にはなかなか言えることではありません。また押川は当人の部屋の様子を記録として撮ります。しかし治療の足しになればと画像を提出しても閲覧してくれる医療従事者はあまりいないことも書いています。確かに医師は短時間での診察になるので、表面上に出ている症状しか見ない。みんなそれぞれ十分に時間がないのです。
表面には決して現れぬ親子関係にメスを入れ、適切な医療を受けさせる。単なる移送サービスは、ここまでしない。そういったことを考えさせた良書としてひよこにあげさせていただきました。
そうそう。同じ題名の漫画も持っていますが、私にはまだ義務教育中の子供がいまして、いつの間にか読んでいました。最初はホラー話かと思ってたらしいです。確かに修羅場中の目の中のタテ線がリアルにコワイ。私が全部本当の話だよと言うとびっくりしていましたが、我が家もまた本作に出てくる家族のようにはならぬとは誰が断言できようか。精神疾患は誰でもなりうる話なので、差別的な戯言を言う方が間違っています。
私が四の五のいうよりも実地に読んだ方が話が早いと思うのでここでおしまいにします。




