表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ケース1 霧島舞香の場合<魔法少女シリーズ>

「ただいまー」


 誰もいないのと分かってるのに、声を掛けるのはわたしの癖だ。

 一年前まで普通に暮らしていた家に対する挨拶。

 クマさんのキーホルダーがついた玄関のカギを見て思わず微笑んでしまう。

 中学の制服を見せに訪れた時、少し顔を赤らめながらカギを渡してくれた恭介さん。

 意識してくれたのかな~と思うと、どうしても顔がにやけてしまう。


「入学おめでとう、舞香」

「ありがとうございます、恭介さん」

「こんなに綺麗になっちまって……

 もう、立派な女性なんだな。

 俺も歳を取る訳だ」

「そんなことないですよ。

 恭介さん、お若いですし」

「お。そうか?

 まだまだ現役でいける?」

「何の現役ですか」


 ドヤ顔でカッコつけるのに全然締まらない彼の顔を思い浮かべ苦笑する。

 武藤、恭介さん。

 母の連れ子だったわたしを本当の娘の様に愛してくれた。

 わたしも彼を本当の父の様に慕っていた。

 だが、彼に対するその気持ちが変化していったのはいつのことだろう?

 多分ママとの離婚が決まった1年前だ。

 あの日、恭介さんとママが別れると告げられた際……

 わたしの心を奔ったのは悲しみより歓喜だった。

 ママの恭介さんじゃない、ただの恭介さんになる。

 その時、わたしの奥底に何かが蠢いた。

 そしてそれは今も変わらない。


「いっけない。早く準備しておかないと」


 甘い追憶から現実に返るわたし。

 今日の料理当番はわたしだ。

 制服の上からエプロンをつけ、野菜を軽く水洗い。

 サイコロ状に刻むと鍋の中へ。

 お肉と一緒に炒めるとブイヨンを溶かした水を注ぐ。

 コンロの火を弱火にしながら灰汁取り。

 片手間にお米を研ぎ炊飯器に。

 あとはルー次第でカレーかシチューになるけど……

 恭介さんはカレー好きなので今日はカレーにしよう。

 喜んでもらいたいし。

 サラダを刻みボウルに盛りながら皿をテーブルに配置。

 うん、我ながら随分手際よくなってきたと思う。

 最初の頃は野菜を切るのに一時間も掛かってたのが嘘みたいだ。

 手解きをしてくれたママのお蔭でもあるけど、一番の要因は恭介さんだろう。

 独身時代の修行成果だよと、と様々なレパートリーと共に技術を仕込んでくれた。

 緊張して包丁が震え彼を慌てさせたのも良い思い出だ。

 後は煮えるのを待つばかり。

 エプロンを畳むと着替えをしにまだ残っている私室へ。

 その道中、洗濯物であるシャツが居間に出しっ放しなのに気付く。


「もう、だらしないんだから」


 わたしが洗うから昨夜のうちに洗濯機に入れて下さいと言ったのに。

 ちょっと憤慨しながらシャツを手に取る。

 そのまま脱衣所に向かおうとして、

 何故か脚が止まった。 

 原因は分かってる。

 シャツから仄かに香る彼の匂い。

 それがわたしの脳髄を麻薬の様に侵す。

 誰も見てないと分かってるのに左右を確認。

 そっと息を吸うとシャツに顔を寄せる。


(恭介さんの、匂いがする……)


 甘美なる芳香。

 居た堪れない衝動にわたしは自室へ駆け込む。

 制服が皺になるのも厭わず、ベットへ身を投げ出す。

 そしてシャツを抱き締めながら身を捩る。

 まるで彼に抱かれているかのような錯覚。

 変態じみた自分の行為に赤面しつつも衝動が止められない。


「恭介さん……恭介さん……」


 おヘソの下あたりが甘く疼く。

 我慢できなくなったわたしは、そっと指を伸ばし……


「おーい、舞香。

 いるのかー?」

「ひやっう!」


 掛けた所で、突如響くノックに身を震わせた。

 この渋い癖にデリカシーの無い声はまさか!?

 わたしはベットから身を起こし、慌てて身支度を整える。

 ドレッサーに置きっぱなしのクシを鷲掴みするとボブショートに切り揃えられた髪を梳かす。

 鏡の中で不安そうな表情を浮かべる少女。

 こんな顔じゃ彼に会わせられない。


「大丈夫だよ」

 

 自分を励ましにっこり微笑む。

 少しはマシになった少女の顔に安堵しながらドアを開ける。

 ドアを開けた先には、ちょっとくたびれた感じの恭介さんがいた。

 俳優の様に整った容姿。

 心に響く甘い声色。

 でもそんな外見だけのものじゃなくて、わたしはこの人の心の在り方が好きだ。

 何事にも屈しない明るさに、どれだけわたしとママが救われたか。

 そんな人がわたしの姿を見ると嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 つられてわたしも微笑みそうになる。

 けど、そこはぐっと我慢。

 年頃の女の子に対する配慮の無さは咎めなくてはなるまい。うん。


「何か御用ですか?」

「いや、夕飯の支度してくれたみたいだからさ」

「今日はわたしが当番ですし」

「ああ、でもアレはカレーだろ?

 テンション上がってさ。

 舞香にお礼を……と思ったら具合悪そうな声が聞こえたから。

 ちょっとデリカシーないが急に声を掛けさせてもらった」


 この人は……

 そんな明け透けに言われたら怒れないじゃないですか。もう。


「大丈夫です。少し疲れただけですので」

「やっぱ中学は忙しいのか?」

「ええ、部活も始まりましたし……」

「そっか。無理はするなよ」

「心配無用ですよ。

 そろそろ着替えたいのですが……」

「あ、っと。こいつはすまん」

「いえ。それとも覗きたいですか?」

「な、何を!?」

「フフ……冗談ですよ」


 本心を隠してドアを閉ざす。

 遠ざかっていく足音にそっと胸を撫で下ろす。

 あ、危なかった。

 今のは危険なタイミングだった。

 心臓が荒く脈打つのを感じる。

 何か恭介さんとわたしって間が悪い時が多い。

 何で寄りによってこの瞬間なのか。

 大胆に彼を誘ったわたしのアドリブにも驚くけど。

 時折自分の中に自分じゃないわたしがいる気がする。

 今だってそうだ。

 でもまあ……恭介さんが望むなら、わたしは別に構わないけど。

 そんな自分に顔が赤らむ。

 多分あの人に器用さとか機微を求めてはいけないのだろう。

 地道に少しずつ距離を詰めていかなくちゃいけない。

 制服を脱ぎハンガーへ。

 鈍感で不器用で……でも大好きな人の顔を思い出し、

 わたしは涙を浮かべ苦笑した。

 せっかく彼がわたしの料理を楽しみにしてくれてるんだ。

 わたしとしては今の自分に出来る最高の自分で招いてあげたい。

 涙を拭い背徳感を抱きながらシャツに口付けを一つすると、

 わたしはメイクと着替えをすることにした。

 大切な彼との食卓を共に囲むために。



お気に入り登録の公約通り、ついに書き始めてしまいました。

各シリーズのヒロイン達による微妙な楽園。

ってかこの子達ってこんな感じなの?

って思ってもらえば幸いです。

記念すべき第一話は魔法少女シリーズより

血の繋がらない父に悶々する中学生、霧島舞香です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ