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輪廻  作者: 藍乃
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第四部

今日も茹るくらい暑い。


エアコンに慣れた現代人の身体には、盆地特有の夏の暑さはこたえる。


融けていきそうな身体を動かし、涼を求めて前川邸の中をフラフラと歩く。


縁側の端に原田さんが、腹の切腹傷に日光浴させているのが見える。


あんな場所、暑くないのかしらと思いながら、またフラフラと歩いていると、道場の方が騒がしい。


暑苦しいと思うが、何の騒ぎかと野次馬根性がムックリと頭を出す。


これまたフラフラと近寄って行けば、道場から運び出される人影が目に入る。


「どうしたの?」


近くに居た隊士に聞くと、稽古中に倒れたと言う。


そりゃそうだ、こんな暑い日に防具付けて狭い道場で稽古してれば、熱中症にもなるだろう。


様子を見ていたが、運び出しただけで、誰も何もしようとしない。


何でなの?


周りで見ている隊士を押し退け近づくと、藤堂さんが寝かされていた。


藤堂さんは、近藤さんがまだ試衛館の道場主だった頃より、行動を共にしている幹部の一人だ。


稽古を付ける為、長時間防具を着けて居たのだろう。


少し朦朧としているが、意識はある。


隣に居た隊士に、桶に水を汲んでくるように頼み、手拭いと飲み水、塩を持って来るために走り出す。


何て着物って走りにくいのとボヤキ、台所から必要な物のを持って戻る。


藤堂さんに声をかけ、袴と道着を緩め風通しを良くする。


そこへ、土方さんが表れた。


「土方さん、団扇か扇子を持ってきて」


私の勢いに押されてか、何も言わずに取りに行く。


桶の水で手拭いを濡らし、首の後ろと脇の下を冷やす。


ゆっくりと塩水を藤堂さんに飲ませて、土方さんが持ってきた団扇で扇ぐ。


暫くすると、藤堂さんの顔色も良くなり、意識もはっきりとしてきた。


大変な事にならなくて良かった。


胸を撫で下ろしていると、頭の上から感心したような土方さんの声がする。


「大沢、お前、医者か?」


現代の常識は、幕末では、医療行為なのか?


「違うわよ。私達の時代では、常識なの」


でも、沖田さんの事や私がここに留まる事を話す、良い切っ掛けが出来た。


藤堂さんに安静にしておくように言って、土方さんを人気の無い所へ連れ出す。


「土方さん、私ここに残るわ」


「そうか」


「それで、お願いがあるの」


土方さんは、何も言わず目で続きを促す。


「言われた通りに女中として、食事の用意と掃除はするわ。だから、医術を習う為に医者を紹介して欲しい。ここだって、隊医が居た方が都合が良いでしょう」


医術を習う行き帰りや買い出しの時に、海を探す事も出来るだろう。


私にしても、壬生浪士組にしても損は、無いはずだ。


医療知識のある山崎烝が入隊するのは、今年の末だ。


今なら土方さんもこの話に乗るはず。


「それと、鶏を飼いたいの。卵も採れるし増えれば食用にすれば良い。厳しい稽古と隊務をこなす隊士達には、滋養のある食事をさせないと身体が保たない。隊士の中に、労咳が出たと史実にもあったわ」


これが、切り札。


狡ようだけど、母親を労咳で亡くしている土方さんは、絶対に断る事何て出来ないはずだから。


ほら、顔色が変わった。


「労咳・・・誰だ?」


「沖田さんよ」


「嘘だろ・・・」


「得にもならない嘘何てつかないわ。沖田さん、京に来る前に麻疹で、死にかけたでしょう。その時に身体に労咳の元が入ったって言われてる。今は、身体が健康だから発症して無いみたいだけど、身体が弱ればどうなるか分からないわ。だから、お願いします」


「・・・・・・歴史がかわるぞ。何故だ」


「畳の上じゃなくて、戦場で近藤さんや貴方の傍で逝かせてあげたいじゃない。せめて戦場に立つ力は残しておいてあげたい。私が、出来るのは、それしか無いでしょう。発症したら助けれない、いずれ発症するなら出来るか分からないけど、その時期を少しくらい遅くする努力をしても、良いでしょう?納得して逝かせてあげたいじゃない」


「それが、お前の出した答えか」


「そうよ。見殺しにするんじゃなくて、納得出来る死に方の手助けをするの・・・・・・大それた事だって分かってる。だけど、他に何が出来るって言うの」


「分かった。医者と鶏の事、何とかしよう」


苦渋に満ちた答えを残し、土方さんは去って行く。


ここが金銭的に苦しいのは、知っている。


だから芹沢の横暴な行為を見逃して居るんだ。


でも、それも後僅かな時間、土方さんが芹沢に代わり、鬼になる時が近づいている。











その夜、相撲巡業で忙しかった近藤局長、山南副局長にやっと会える事になった。


夕食も終わり、片付けも早々に土方さんに連れられ、近藤局長の部屋の前に居る。


「近藤さん、入るぞ」


太く低い声がした後、襖を開き中へと入る。


部屋の中央に言われるまま座り、上座に座る男を見る。


写真で見るよりもずっと威厳に満ちた男だ。


視線を右にずらせば、線の細い柔和な顔付きの男が、静かにこちらを見ている。


この人が、山南 敬介なんだ。


仏の山南と言われたのが納得できる風貌だ。


土方さんが、女中として雇うと話し、一連の経緯を話す。


目を見開いたり、口に手を当てたりしながら近藤局長と山南副局長は、話を聞いている。


ただ一つ沖田さんの事だけは、土方さんは話さなかった。


話が途切れると二人は、信じられないと言う風にわたしを見た。


ごもっともな事で、本人ですら今だに信じられない事が多い。


かと言って、何も言わない訳にもいかない。


「初めてお目にかかります。大沢 叶と申します。何分、私が居りました時代とは、勝手も違い至らない所もあると思いますが、宜しくお願い致します」


深く頭を下げて、反応を待つ。


いくらもしないうちに近藤局長より声がかかり、頭を上げる。


「大沢さん、百五十年も先の時代から来たとは、本当の事か?」


「はい」


「証となる物は、有るのかな?」


「ございません。ただ、史実としての知識はございます。先だって土方さんにはお話して居りますが、後数日で、大きな事件が起こります。どうぞ隊士全員に出動の準備だけはしておくようにお話下さいませ。それと、良い知らせもございます。詳しくは申せませんが、覚えておいて下さいませ。きっと、今話した事が証となります」


狐につままれたような顔をしている近藤局長の横で、山南副局長は、好奇心を刺激されたのか、何か言いたげにしている。


身体を僅かに山南副局長に向ける。


「何かお聞きになりたい事がございましたら、何なりとお聞き下さい」


待ってましたとばかりに、山南副局長が口を開く。


「先程、史実としてと言われたが、我々の事を先の時代の人達は、知っているのですか?」


「全員とは言いませんが、暫く先の貴方方の名前を知っている者は多いと思います。一年もしない間に、貴方方は、大きな事件に関わります。その事は、教科書にも乗っていますから」


「教科書とは何ですか?」


「教科書は、学校、寺子屋のような所で子供に勉強を教える時に使われる本です」


山南副局長は、余程嬉しかったのか、ニコニコとしている。


「私の時代では、九年間学校と言う所で子供は勉強をしなければなりません。その間に、読み書き計算から始まり、日本や世界の歴史、世の中の仕組み、化学や生物、そして異国の言葉などを学びます」


山南副局長はニコニコとしていた顔を今度は、感心したように歪め頷いている。


「日本の勉学も変わるのですね」


「はい、山南副局長、お時間のある時で構いません、私にこの時代の読み書きを教えて頂けませんか?」


山南副局長は、驚いたようだが直ぐに微笑み、


「構いませんよ。その代わり、私にも先の時代の勉学を教えて下さい」


と言ってくれる。


やはり、学者肌の人なのだろう。


刀などより、筆が似合いそうだ。


山南副局長と和やかに微笑みあっていると、土方さんの不機嫌な声がする。


「それより、問題があるだろう。大沢をここで雇うとなれば、芹沢に合わせない訳にはいかないだろう。あの芹沢だ、何をしでかすか分かったもんじゃねぇ」


「そうだなぁ」


「そうですね」


三人が、渋い顔で考えだす。


芹沢に会うのは、そんなに危険な事なのだろうか?


確かに、乱暴者だと聞いているが、それは、酒が入っている時で、素面の時は、子供相手に絵を描いてあげる等、優しい面もあったと海が言っていた。


それなら、素面の機嫌の良い時に会えば済む事だ。


それに私には、芹沢に会わなければならない事情がある。


暗殺される人間に、納得の行く死など無いように思うが、それでも暗殺される側にだって、思いや言い分は有るだろう。


それを後に残してあげたい。


聞き出せるかどうか何て分からない。


でも、優しい芹沢と極悪非道な芹沢、どちらが本当の姿なのか見極めたい。


大丈夫ですと言い掛けた瞬間、山南副局長が話し出す。


「私の遠縁の娘にしておきましょう。いいなづけに先立たれ、里に居場所も無くなり、私を頼ってきたと言っておけば、流石の芹沢も手は出さないでしょう。大沢さん国は、奥州仙台と答えて下さい。それ以上は、聞いてこないでしょうから」


山南副局長の申し出を嬉しく思う、本当にここはお人好しと言っていい程に良い人ばかりだ。


「そうさせて頂けると助かります。山南副局長」


「サンナンで良いですよ。何だか堅苦しいでしょう」


穏やかで明るい笑顔に胸が苦しくなる。


こんなにも綺麗に笑う人が、いずれ思想の違いから近藤局長や土方さんと対立し、悩み心が病んでしまうのかと思うとやりきれない。


私は、サンナンさんに何かしてあげられるだろうか?


「芹沢局長にお会いするのは、良い報せがあった後にして頂けませんか?なるべくご機嫌の良い時の方が宜しいでしょう」


それで良いならと、近藤局長が承知してくれる。


その後、気まずそうに続ける。


「見ての通り狭い屯所で、大沢さんだけの部屋を用意出来ぬが・・・・・・」


「私ならお気遣い無く。沖田さんや斎藤さんさえご迷惑でなければ、今のままで十分です」


「そう言っても、嫁入り前の娘と男が同室と言うのは・・・なぁ」


「本人が良いと言ってるんだ。近藤さん良いじゃねぇか。それに、大沢はこんななりだが、後家さんだ」


近藤局長とサンナンさんが、顔を見合せる。


沖田さんと良い、この二人と良い、私を幾つだと思っているのやら。


幕末なら十六歳くらいから結婚適齢期で、二十歳過ぎれば、年増だったはずだ。


私は、もうすぐ二十五歳だよ、立派な年増じゃん。


「そうなのか?」


大きく頷いて見せると、土方さんが続ける。


「それに、総司や斎藤が太刀打ち出来る程、可愛げのある女じゃねぇ」


何て物言いだ、人聞きの悪い、力一杯土方さんを睨む。


「どうやらそのようだな。バラガキの歳を睨み付ける女子は、見た事が無い」


カラカラと近藤局長が笑い声を上げる。


スパーンと襖が開くと、凄い力で肩を後ろに引かれ、倒れそうになる。


「良かったですね。叶さん」


沖田さんだ。


「総司、また盗み聞きしてやがったな」


土方さんが、眉間に皺を寄せる。


「心配だったんです。細かい事は良いじゃないですか。近藤さん、サンナンさん有難うございます」


上機嫌に話す沖田さんを見て、近藤局長も嬉しそうだ。


「総司は、大沢さんに随分懐いているようだな」


「はい、叶さんは、まるで姉上見たいなんです」


これを懐いていると言うのだろうか?ただ、まとわり着かれているだけのような気がする。


ほんの二日程、甘味を食べ過ぎるな、野菜を残すなと注意し、手洗いうがいを厳しくさせていただけなのだが、今迄そう言った事でかまわれた事が、あまり無かったのか今の様な状態になってしまっている。


確かに、幼い頃から試衛館に住み込み、剣一筋で来たのだから、家庭的な愛情を受けた事は少なかったかもしれない。


だけど、沖田さん、貴方は二十歳を過ぎた男ですよ?これは、如何なものでしょう?


複雑な心境をなるべく表に出さないように、平静を装う。


「さぁ、叶さん行きましょう。この前の話の続きを聞かせて下さい」


沖田さんは、私が小さい頃に呼んだ童話や昔話がお気に入りだ。


自分も覚えて、壬生寺で一緒に遊ぶ子供達に、話してあげるのだと一生懸命になっている。


今は、ガリバー旅行記で、ガリバーが小人の国に流れ着いたところだ。


着慣れない着物で、ヨイショと掛け声が聞こえそうな、緩慢な動きをしていると、近藤局長が沖田さんに言う。


「総司、悪いがもう少し大沢さんを貸してくれないか?」


沖田さんは、渋々頷いて私の腕を放す。


「沖田さん、今度はちゃんと部屋で待っていて下さいね。じゃないと話しませんよ」


「それは、困ります。部屋で待ってますから、早く戻って下さいね」


パタパタと音を立てて、沖田さんが離れて行くのを確認して、近藤さんが話す。


「大沢さん、総司が無防備に人に懐く事は、今迄なかった。でも、貴女には、短い間で懐いたみたいだね。大人の中で育ち、変に遠慮する事を自然に覚えてしまった総司が、今見たいに人に甘えるのは、珍しい事なんだ。あの子は、親の愛情を知らずに育ってしまった。どうか、悪く思わず接してやって欲しい」


近藤局長が、頭を下げる。


止して欲しい、此方としても、何故懐かれたのか不思議な上、大きな室内犬でも飼ったつもりで居るのだから、頭を下げられても困る。


「近藤局長、止めて下さい。沖田さんを邪険にしたりするつもりは、有りませんから、私で良ければ、仮の姉として接していきますから」


宜しく頼むと言った近藤局長は、沖田さんの本当の父親のようだ。


安心させるように微笑みかけ、部屋を出る。


八一八の政変まで、あと三日、そして芹沢との対面もすぐそこまで迫っている。


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