表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻  作者: 藍乃
3/6

第三部

目が覚めてから二日目、沖田さんには、困った。


人懐こいのは良いが、兎に角何とかして欲しい。


時間があれば、現代の話を聞かせろとせがんでくる。


沖田さんは、ちゃんと仕事をしているのか? 今だって、相撲巡業の警備があるはずなのに、フラフラとしている。


もしかして、私の見張りなのか?


無駄な事をする。


どうせ、土方さんあたりに言われての事なのだろうけど、これなら斎藤さんの方が良かった。


沖田さんが相手では、考える暇も無い。


頭に響いた海の言葉は、私に何を伝えようとしているのだろう。


「叶さん、お団子食べませんか?」


ほら、甘いもの好きの剣客がまた来た。


「有難う。今はいいわ」


沖田さんは、美味しそうに団子を口に詰め込む。


こんなに食べて、食事が入るのかしら? そうか、だから栄養が偏って、労咳が発症したのかも。


たんぱく質不足は労咳に良くないと聞いた事がある。


そう考え付くとついつい老婆心が出てくる。


「沖田さん、程々にした方が良いですよ。食事がとれなくなると、身体に良くありません。沖田さんは、近藤さんの為に働きたいのでしょう。それなら、身体は大切にしなくちゃ」


海から聞いていた、沖田さんの近藤さん好きを思い出して言ってみる。


近藤さんは、ここ壬生浪士組の局長の一人で、沖田さんが幼い頃より身を寄せていた試衛館の道場主だ。


効果は、抜群にあったようで、あの沖田さんの団子を食べる手が止まった。


じっと私の顔を見ながら、一生懸命に口の中の団子を咀嚼している。


ゴクリと喉仏を動かし飲み込むと、


「まるで、姉上見たいです」


と懐かしそうに言う。


言わなければ良かったと思うと、胸が小さく軋む。


そうしていると、玄関から何やら叫ぶ声が聞こえる。


「副長、大変です。芹沢局長が大和屋に火を放ちました」


遂に始まった。芹沢とは、水戸の出の浪士で、水戸天狗党に居た事もある。壬生浪士組の筆頭局長だ。


そして芹沢 鴨の悪業の中でも一番名高く、芹沢の行く末を決めた大和屋焼き打ち事件だ。


大和屋焼き打ち事件は、天誅組に、生糸の買い占めを行う大和屋も天誅の対象であると宣言され、大和屋が多額の献金で和解を取り付けた事に始まる。


これを知った芹沢が、献金の話を持ちかけたところ、断られ、大和屋に隊士数十名を連れ火を放った。


火は、翌朝には消し止められたが、大和屋に不満を持つ町人までもが押し寄せ、七つの蔵が焼き払われる事となった。


もうすぐ夕食時だ、火は朝には鎮まる。


長い夜になりそうだ。


「沖田さん、土方さんの所へ行きます」


八木邸の娘にもらったお古の着物の裾をからげ、廊下を走り、飛び出して行こうしている土方さんを捕まえる。


「土方さん、お話しがあります」


鬼の形相で振り替えり、土方さんが叫ぶ。


「そんな暇はねぇ」


「落ち着きなさい。貴方が慌ててどうするの」


思わず怒鳴り返す。


唖然として、土方さんの動きが止まったのを幸いに、すぐ脇の誰も居ない部屋に引き摺り込む。


「土方さん良く聞いて下さい。史実ではこの時に、芹沢が大砲を持ち出したと言う説があります。もし、大砲があるなら、まず持ち出せないようにして下さい。それと、隊士数十名が抜刀し、現場に近付けなくしていたと言う話もあります。最後に、明日の朝には生糸の買い占めを行う大和屋に怨みを持つ町人も集まり、参加したとも言われています。くれぐれも間違いの無い判断をお願いします」


「何故、今更教える」


「起きてしまえば、史実として残る。事件の規模を小さくしたとしても、歴史の本流を大きく変える事は、無いでしょう」


土方さんは、「恐ろしい女だな」と一言言って飛び出して行く。


沖田さんも土方さんに呼ばれ出ていったようだ。


私の居る部屋の前には、見知らぬ平隊士が一人見張っている。


土方さんも抜け目の無い人だ。


私は、私の考えるべき事に頭を使おう。


ゆっくりと目を閉じ海の言葉を思い出す。


「俺を探して・・・・・・」


探すと言っても何処を探す?


海の身体は、私の目の前で荼毘にふされた。


まさか、遺体がこの時代にタイムスリップしていると言うのか?


それとも生きてる? でもそれは、幕末? 現代?


まるで分からない、謎解きの巨大迷路に迷い込んだみたいだ。


まとまらない考えを、まとめようとしても無駄な事で、気分転換をしようと思うが、所詮幕末、テレビも無ければ、音楽も聞けない。


ボーとしていても埒が明かない。


襖を開けて外にいる隊士に話し掛けた。


「ねぇ、台所使いたいんだけど、手伝ってくれる?」


訝しげな隊士を尻目に、台所に向かう。


きっと大和屋に行ってる人達は、お腹を空かせて帰ってくる。


する事も無いし、気分転換に料理するのも良いだろう。


台所に着くと平隊士が何やら騒ぎだす。良く聞けば、毒を盛る心配をしているようだ。


「アナタが、見張ってれば良いじゃない」


そう言い捨てて台所を物色する。


土間の隅に、茄子や胡瓜と言った夏野菜が置いてある。


取り敢えず、茄子と万願寺唐辛子の味噌炒めに壬生菜のお浸し、それと藤七大根のお味噌汁で良いかな。


まずは、お米よね?だけど釜戸使えないし、良いか隊士君にやってもらおう。


火すら起こせない私に呆れながらも、隊士は良く動いてくれる。


釜戸の火を見ながら、私の事もちゃんと監視している。


真面目ないい子なのかな? お人好しだし。


料理が出来上がり、窓の外を見ると朝焼けが見える。


上手くやって居れば、もうすぐ帰って来るだろう。


久しぶりに動いたせいか、お腹か空いた。


「ねぇ、お腹か空かない?先に食べちゃおうか」


強引に料理を取り分け、平隊士君に渡す。


局長達より前に食べる何てと、ブツブツ言っていたが、人間の三大欲に勝てる訳も無く食べ始める。


一口箸をつければ、あっという間に平らげる。


あまりの食べっぷりに思わず声を出して笑ってしまう。


照れ臭そうな平隊士君を前に食事を終え、食器を片付けると、玄関が騒がしくなった。


そして、私の考えもまとまっていた。


現代に帰る方法が分からない今、私に出来る事は、幕末で海を探す事しか出来ない。


死ぬ事は何時でも出来る、ならば、気の済むまで海を探してからで良い。


まずは、生きていく方法を見つける事だ。


匂いにつられて近寄ってくる足音を聞きながら、腹を括る。


「腹減った~」


情けない声で台所に入ってきたのは、原田さんだ。


手際よく膳に食事を盛り付け渡す。


一人来ると、次々にやってくる。


蟻の行列のようだ。


平隊士君に言って、有りったけの桶に沸かして置いたお湯を入れてもらい湯加減を調節してもらう。


いくら夏だと言っても真水では、冷たいだろう。


身体に着いた煤を拭いてさっぱりとしてもらいたい。


暫くすると、煤で顔を黒くした土方さんと沖田さんが来た。


「何で、大沢が居る」


眉間に皺を寄せて凄む土方さんに、手伝ってくれていた平隊士が、恐る恐る言う。


「飯の用意をしてくれました」


土方さんの眉間の皺がより深くる。


アナタの考えて居る事くらいお見通しですよ。


「土方さん、この人は毒を盛られたら大変だって、止めさせようとしたわよ。それを私が、無理矢理やったの、この人は悪く無い。私の言う事分かるわよね?」


そう言うと、鍋の中の残りをつまみ食いしていた沖田さんが、


「土方さん、この茄子美味しいですよ」


と、援護してくれる。


土方さんは、わざとらしく溜息を付き膳を受け取ると「後で、話がある」と言って台所を出て行く。


有難うくらい言いなさいよねと、ベーと舌を出したところを、いち早く膳を返しに来た原田さんに見られ、笑われてしまう。


恥ずかしい、良い歳して何をやって居るんだろうか私は・・・・・・


食事の世話は、当番制になっていると言う話だったので、そのまま部屋に戻った。


土方さんの話は、何だろ?少し不安になりながら待っている間に、うたた寝をしてしまっていた。


土方さんに言われ、呼びにきた斎藤さんに起こされ、驚いて起きると、心持ち顔を赤く染めた斎藤さんと目が合う。


どうしたのだろう?夏風邪でもひいたのかな?


斎藤さんの目線を追えば、寝崩れた着物の裾からふくらはぎが見えている。


現代人の私にすれば、どうって事無い事だけど、(だって水着だって平気で着ちゃうしね)幕末の人にすれば、女のふくらはぎ何て、目にする事などめったに無い。


足を出すのは、はしたない事なんだよね。


不味い不味いと急いで着物を直して、土方さんの所へ向かう。


土方さんの部屋の前に座り、中へ声をかけると、ぶっきらぼうな返事が返ってくる。


この男は、もう少し愛想良く出来ないものかと、心中悪態をつきなが部屋へ入る。


部屋の中は、煙管の煙りで真っ白、耐えれなくなり襖を開け放つ。


「土方さん、身体に悪いです。換気くらいして下さい」


何て言ったが、換気って言葉この時代に通じるのかな?


そんな事より、今こうしてるけど土方さんは、五・六年もすれば帰らぬ人となる。


生きたいと思う人の五・六年は、ひどく短い物だろう。


せめて好きな煙管くらい、存分に吸わせてあげれば良いんじゃないだろうか。


そんな思いに囚われると、とても目の前の命を愛しく感じると共に、耐え難い苦しさが込み上げてくる。


正確じゃないにしろ私は、ここに居る人の死期を知っている。


私が話す事で、その命を長らえる事が出来る人も居るだろう。


だが、私個人の思いで歴史を変えて良い訳が無い。


亡くなるはずの人が、生きているとなれば、後世にどのくらいの影響があるのか。


ましてや人斬りの彼らが生きる事によって、喪われる命も有るだろう。


後世に、生まれるはずの無い命が生まれ、生まれるはずの命が生まれない。


もしかしたら、私や海が存在しないかもしれない。


人の命を手に取っているようで、恐ろしくなる。


身体が意志に反して震えだす。


カタカタと震える身体を押さえるように、自分で自分を抱き締め、大きく呼吸する。


私の変化に気付いたのか、土方さんが私の両肩に手を置く。


「どうした。何を震えている。俺が、恐い訳じゃあるまい」


心配しているような、からかっているような不思議な響きの声だ。


「何でも無い。話は、何?」


精一杯強がって声を絞り出すけど、擦れた声しか出ない。


土方さんは、諦めたように身体を離す。


「大沢、今回の事知ってたんだな。芹沢を鳥扱いするとは、良い度胸だ」


「芹沢の事だって気付いていた人が良く言うわね。監視付けてたんでしょ。史実通りなら、夕食が終わった頃に知らせがくるはずだもの」


土方さんは、ニヤリと笑って答えない。


憎らしいけど、色男なだけに様になっている。


「大沢、お前が先の時代から来たとなれば、俺達やこの国の今後を、知っているって事だよなぁ」


私は、頷いて見せる。


「てぇ事は、俺達だけで無く、お前の知っている事を知りたい奴は、五万と居るわけだ。俺達にとっちゃ、お前が傍に居りゃ心強い味方だが、敵に廻すとかなり厄介な相手って訳だ。」


土方さんは、瞳を静かに曇らせる。


「大沢、お前は此処を出ていくか、残るかどうする? 取り敢えず、まともな飯は作れる見たいだし、女中としてなら置く事も出来るが・・・・・・」


土方さんは、一旦言葉を止めて、挑むように私を見る。


暫く睨み合いが続いた後。


「出ていくとなれば、斬る」


静かにそう言い切る。


それもそうだ、私の知識はこの組にとっては、諸刃の剣。


敵側に利用されれば、一溜まりもない。


私は、どうする?


海を探すならここに留まるしか無い。


しかし私は、何も出来ず、死に行く人達を黙って見て居られるだろうか?


一緒に生活をする人達を、見殺しにする事に耐えられるだろうか?


どちらを選べば良い?


答えは、直ぐには出せそうにない。


黙り込む私に見かねたのか、土方さんが言う。


「何を考えて居る。話してみろ、少しは力になれるかもしれん」


今の土方さんに、話して通じるのだろうか?


まだ、土方さんですら仲間を見殺しにした事は、無いはず・・・・・・


私は、押し潰されそうな心の中を話しだす。


「私は、この時代でしなきゃならない事を見付けました。だから、ここに置いて貰えるのは、助かります。でも・・・・・・」


「でも、何だ?」


「でも、知っている事を話す訳にはいかない。歴史を変えると言う事は、私の住んでいた世界を変えてしまうかもしれない。もしかしたら、私の大切な人達が存在しない事になるかもしれない・・・・・・



土方さんは、今まで見た事が無いくらい優しい目で、私を見ている。


本当にこの人が、鬼と呼ばれるようになるとは、思えない。


・・・・・・でも、もし私が話せば、この時代の土方さんの仲間の命を救う事が出来るかもしれない。私は、ここの人達の結末を知っている。何時、どうやって亡くなるのか分かっている人もいる。もしかしたら助けれる命を、私は見殺しにするんですよ。自分の手を汚さなくても人を殺すんです。黙っていると言う事で・・・・・・一緒に生活する人達を・・・・・・」


身体の震えが強くなっている。


土方さんにすれば、甘い事を言っていると思うだろう。


ここに居る人は、全員が自分の手で人を斬る覚悟がある人か、既に自分の手を汚した人ばかりなのだから。


でも、人の命を奪う事は、何があろうと、するべきでないと教育されてきた私には耐えられない事だ。


フワリ、身体が暖かな体温に包まれる。


土方さんが、私を抱き締める。


「お前の住んでいた日本は、平穏な世の中なんだな。気にするなと言っても無理かもしれねぇ。だがな、お前が居なけりゃ死ぬ命なら、それがそいつの運命だ。お前のせいじゃねぇ。大沢が、ここに居る事さえ本来ならありえねぇ事なんだよ。俺もお前に、先の事は聞かねぇ、話せると思う事だけ話してくれれば良い。先の分かる人生何て、楽しくねぇだろ?」


土方さんの穏やかな声と体温に、自然と涙が溢れてくる。


私は、土方さんの言葉に甘えて良いのだろうか?


この先土方さんは、自分の判断で、自分の作る規則で、何人もの仲間の命を奪う事になる。


今こうして、私の苦悩を癒そうとしてくれているが、次に苦しむのは土方さんだ。


私は、土方さんが癒してくれるように、土方さんを癒せるだろうか? 今の優しさを返す事が出来るだろうか?


人の命の重さ、人の優しさを思いながら泣き疲れ、土方さんの腕の中で眠ってしまう。


気が付いた時には、自分の布団で眠っていた。


日はとっくに傾き、頭の上には月が輝いている。


考える事が多くて、頭が痛くなる。


静まり返った部屋に、沖田さんと斎藤さんの微かな寝息だけが聞こえる。


二人を起こさないように静かに縁側にでる。


月を眺め私の出来る事、するべき事を思う。


僅かな物の音に振り返れば、沖田さんが寝返りしたところだった。


暗がりにその幼さが残る寝顔を見ると、僅か数年で自分の願いとは違う死を迎えさせる事は、あまりに残酷な気がする。


せめて戦場で、近藤さんや土方さんの傍で逝かせてあげたい。


私の労咳・結核についての知識は少ない。


前に芸能人が発症した時に、ニュースや雑誌で見た程度しか無い。


でも、この時代の人よりは、有るんじゃないだろうか? ストレスや睡眠不足、食生活が発症に関係すると聞いた気がする。


幸い、父の看病の時に多少栄養の事は勉強している。


土方さんに話せば、協力してくれるだろう。


沖田さんは、咳等をしている様子はまだ無い。


結核菌に感染したのは、十九歳の時にかかった麻疹が原因だったらしいと海が言っていた。


少しは、発症を遅らせる事が出来るのでは?


せめて戦場に立たせてあげたい。


一度そう思うと、気持ちが大きくなって行く。


例え死ぬ運命だとしても、本人の納得のいく死を迎える手助けをしてあげたい。


それが出来るのは、死期を知っている私にしか出来ない事じゃないだろうか?


見殺しにするのでは無く、納得のいく死の手助けをする。


沖田さんの寝顔を見ながら、私の覚悟が決まった。


時間が無い。


まずは、芹沢に会わなければならない・・・・・・







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ