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輪廻  作者: 藍乃
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「イヤ・・・・・・」


 自分の叫び声で目が覚める。1LDKの小さなマンションの寝室に、荒い呼吸音だけが響く。


 物の少ない部屋に、カーテンの隙間から射し込む光は蒼白く、朝までまだ時間が有る事を感じさせる。


 まただ。


 カイを亡くしてから明日で、一年が過ぎようとしている。海を荼毘に付してから、二日に開けず嫌な夢を見るようになった。


 幸せの絶頂から奈落の底へ突き落とされる夢。


 決まった夢ではないが、どれもこれも全て引き裂かれる恋人だったり、夫婦の夢だ。


 男は、背格好も顔も亡くなった主人 海とは、違うのに、私の意識の中には、海として映っている。それがまた私を追い詰め、気持ちを闇にと引き摺り込む。


 重い身体と気持ちを洗い流すように、冷蔵庫の中に入っていたミネラルウォーターを喉に流し込んだ。


 海、待っててね、もう少しで会いに行くから。


「後一日」ポツリ呟いて、 私は部屋の隅に置いてある小さなバックに目をやる。


 明日には、海の好きだった京都に行く。私達の思い出の場所。海の好きだった新選組が、栄華を極めた地。


 最後の時をそこで迎えたい。


 眠る事も出来ないのに、布団に横たわれば、脳裏に海との幸せだった記憶が映し出される。


 海とは、高校生の時に出会った。海は、小さな頃より剣道を習っていて、当然のように剣道部に入っていた。


 そして警察官の父が非番の日に通う道場が、海との出会いの場所となった。


 偶々、父に連れられ道場に行った日に、海達がその道場に特別稽古に来ていた。


「君はやらないの?」


 道場の隅に座って見ていた私に、海が最初に掛けた言葉だ。


 小学生の頃は、道場にも通い、剣道をしていたものの中学に上がる頃には辞めてしまっていた。


「私は、見てるだけなの 」


「やってみたら?楽しいよ」


 苦笑いを返すしか出来ずにいると、父がやって来て


「久しぶりに、きょうもやってみるか」


と、私に竹刀を差し出した。ただの気紛れで、差し出された竹刀だったが、断る事も無く、それを受け取った。


 それが、海と私を結び付ける事となったのだ。


 母の居なかった私は、家事をする為、部活に入る事はしなかったが、それ以来、父の非番の日には、父と連れ立って道場に通いだした。そして、海も部活の後に道場に通うようになっていた。


 私達が、引かれ合うのに時間はかからなかった。そして、付き合いだし大学を卒業すると同時に結婚した。


 決して仲が悪い訳ではないが、あまり家庭に恵まれて居なかった私を心配して、いずれ結婚するのなら、早くても良いだろうと、海の両親も認めてくれた結婚だった。


 私は、中学の頃に母を病気で亡くしていた。父も大学三年の時に呆気なく旅立って逝った。


 兄妹は、五歳離れた兄が居るが、地元を離れ東京で生活している。兄には、可愛いい奥さんと生まれたばかりの娘が居て、離れた場所で生活している事と、兄にも新しい家庭がある為、疎遠になっていた。


 海との生活は、幸せの一言に尽きる日々だった。


 海はとても優しい男で、何時も周りの事に気を配っているような人だった。当然、私の事も大切にしてくれた。だが、幸せな日々は長くは続かなかった。


 ある日、出勤途中に居眠り運転の車が登校中の小学生の列に、海の目の前で突っ込んで行った。


 海は、咄嗟に小学生の一人を庇い、帰らぬ人となったのだ。


 海の両親は、私を心配して様子を見に来てくれるが、一人息子を亡くした哀しみが癒えて居ない事は、明らかだ。


 年老いた義理の父や母に迷惑を掛けるのも不本意で、平気な振りをし続けている。


 友人達も、二十四歳にして未亡人となった私に、同情の目を向けるばかりで、居心地が悪く、次第に距離を置くようになった。


 海が、亡くなってから言いようのない孤独感に苛まれ続け、ただ呼吸している事さえも辛い。


 海が亡くなって半年が過ぎた頃から、海の下へ行く事ばかり考えている。


 明日の一周忌を無事終えたら私は、海の下へ向かう。


 それだけが、今の私の支えだ。


 



 今日もあの日と同じで、良く晴れている。


 その空の青さまでもが私には辛い。


 住職の話も終わり、義理の父と母に別れを告げて、車に乗り込む。


 目的地の京都まで、順調に行けば三時間半の道程だ。


 海が居た頃は、何度と無く二人で通った道を、一人車を飛ばす。


 目に映る物全てが、海の下へ導いてくれているように思える。





   





 京都の街に入れば、車での移動は、渋滞等で不便が多い。


 車を阪急京都線の大宮駅近くの駐車場に止めた。


 新選組の屯所だった八木邸と前川邸に近く、海と私の京都巡りスタートの場所の定番だった。


 駐車場を出ると、直ぐにタクシーをつかまえ、西本願寺に向かう。


 西本願寺の太鼓楼を観ておきたかった。


 海に会った時に、最後に観てきたよと言いたいから。


 高い建物の無い、何時もと少し違う街並みの中をタクシーは走る。


 お喋りな運転手でなくて良かったと思いながら、目を閉じた。


 程無くしてタクシーは、西本願寺の門前に到着する。


 唐門には、目もくれず敷地奥の太鼓楼目指し足早に進む。


 初めて来た時の、子供のように目を輝かせていた海の顔が浮かび、思わず頬が緩む。


 太鼓楼の前に立てば、「中見たいよな」と言う、海の声が頭の中で響く。


 太鼓楼にあると言う、新選組が付けた刀傷が見れないとぼやいていた海が、今も傍に立っている気がして辺りを見回す。


 そんな自分の行動が可笑しくて、フッと息が漏れた。


 暫く眺めていたが、時間の無い事を思い出し、霊山護国神社に向かう。


 海は、必ず京都に来るとそこを訪れていた。


 幕末と言う時代を駆け抜けた者達に、海なりの敬意を示して居たのだと思う。


 急な坂を登り、息も整わないままに階段を登る。


 坂本竜馬、中岡慎太郎、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、等々の墓に手を合わせる。


 海は、今この人達と同じ所に居るのだろうか?


 もうじき私もお仲間に加えて下さいねと、心の中で声を掛ける。


 でも、自分で命を絶つ者は、地獄行きかな? どちらにしろ今より寂しい事は、無いだろう。


 先程、苦労して上った坂なのに、下りる時は呆気ない。


 まるで、今の私のようだ。


 海の下に行くと決めるまでは、悩み、泣き、苦しみ、足掻いた。


 だが、一度決めてしまうと、もう少しで楽になれると言う、希望になった。


 間違った選択なのは、分かっている。


 だけど、今の私にはそれしか選べない、もしかしたら私の中には、それしか選択肢が無いのかもしれない。


 八坂の塔を背中に、東大路通を右に曲がる。


 混雑する車を横に、そのまま進み、八坂神社の前を左に曲がる時、海の好きだった鯖寿司の店が目にはいる。


 祇園のバス停でバスに乗れば、バスは四条通を進み、壬生へと向かう。


 壬生寺道のバス停で、降りれば、新選組の屯所だった八木邸、前川邸は、すぐそこだ。


 時計を見れば、四時を少し過ぎたくらいで、何とか八木邸の閉館時間に間に合いそうだ。


 海と来た時は、何時も手を引かれ足早に通った道をゆっくりと歩く。


 左手に前川邸が見えれば、すぐ先が八木邸だ。


 入館料を払い、見学者の一団に加わる。


 恰幅の良い叔父さんの話の後、沖田総司が芹沢鴨暗殺の時につけたと言われる、刀傷のある部屋へ回る。


 鴨居についた傷を見れば、自然と芹沢とお梅の話が思い出される。


 お梅は、幸せだったのだろうか?


 芹沢を本当に愛して居たのだろうか?


 愛して居たのなら、後に遺されずに、同じ時、同じ場所で、愛する男と共に逝けて幸せだっただろうか?


 海は、何故私を置いて逝ったのだろう。


 この一年思い続けた事が、頭を過る。


 それも今日までだ。さぁ、これからどうしよう。暗くなるまで、まだ時間がある。


 そう言えば、朝から何も食べて居ない。最後の食事くらい、豪華にと思う反面、食欲は忘れたかのように湧いてこない。


 バスで来た道を歩いて戻る。鴨川まで戻って来た所で、先斗町側へ折れて鴨川散策する事にした。


 整備された川岸を歩けば、地元から遠く離れた京都にまで、海との思い出が溢れている事に気付く。


 当たり前か、何度となく海と来ていたのだからと、溜息をつく。


 四条通りにかかる四条大橋から、大分離れた場所で一人呟く。


 こんなところかな?


 夜になれば、等間隔で恋人が並ぶと言う場所で、一人座り込む。


 恋人どうしの中が深い程、橋から遠ざかると海が言っていた。


 流れる川面を見つめ、何時間そこに居たのだろう。気が付けば、日は完全に暮れていた。


 何か食べようと腰を上げる。


 今さら、生命維持活動をして何になるのかと思うが、身体はそれを求めている。頭と身体は、別物だなと失笑する。


 鴨川沿いを河原町方面に引き返し、四条大橋のたもとにある蕎麦屋で、鰊蕎麦を食べた。


 食べ終わり時間を見れば、九時半になろうとしている。


 ゆっくり歩いて行けば、良い頃合いか?


 夜の壬生寺周辺は、知らないが、人通りが有るとは思えない。


 一度車に戻り、身元を特定されそうな物を、全て置いていく事にする。小さなバックに、海の写真と睡眠薬だけを入れる。


 左手の指輪だけは、どうしても抜けなかった。


 睡眠薬は、過度な不眠症の為、医者から処方された物を、飲まずに集めた物だ。


 壬生方面へ歩き、自販機でミネラルウォーターを買う。


 行き交う人の居ない小路に入り、歩を進めれば、闇に包まれた昼間の街並みが見える。八木邸にするか、壬生寺にするか、とにかく朝まで人目に付かない場所を探す。


 壬生寺の門前に看板の陰になり、通りから見えづらい一角があった。


 そこへ座り、海の写真を取り出す。


 今そちらに逝きますと囁き、写真をバックに戻し睡眠薬を取り出し、睡眠薬をミネラルウォーターで飲めるだけ飲み込み、バックを抱え意識が遠退くのを待つ。


 頭に浮かぶは、愛しい海の姿ばかり、少しずつ狭まる視野に、その時が近い事を感じる。


 完全に意識が途切れる前に、海の声が聞こえた。




「俺を探して・・・・・・今の叶なら、見つけられる」





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