君恋う~Halloween ver.~
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10月31日
某国では今日はHalloweenという日らしい。《trick or treat―お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!》と言って、菓子を貰って回る日だそうだ。しかし、硫国にそんな文化はなく、全くもって縁のない話だった。
「香鈴様、トリック・オア・トリート!」
「……何しているんだ、美魅」
書類から顔を上げると、そこには黄色の着物に緑の刺繍がされた帯、という派手な格好をした美魅の姿があった。何故か無意味に両手を差し出している。
手を顔をと見比べるが、さっぱり分からない。
「何をしてる?」
「異国の文化です。お菓子を下さらないと、悪戯しますよ〜」
「別にいいけど、悪戯したら仕事しないからな」「……」
静かに手が下ろされた。
そういえば、今日はやけに家臣達が可笑しな格好をしていた。つまり、仮装をしていたのか。
それでも香鈴には関係がないので、そのまま公務を続ける。
「香鈴様、お菓子をくださ――」
「はい」
机に置いていた菓子をつまみ、両の手に置いてやる。
「……そ、そうではなくて!」
「なら何だよ」
ようやく書類の山の半分が片付いた。主にここ数年で混乱していた内政関係の片づけだ。残りは――
「何故、よりによって最近仕事をなさるんですか!」
少し前まで仕事をしろ、逃げろと言っていたのはどこの誰だ。忙しい奴だ。
「やれって言ったのは、美魅だろ?」
「私はここ最近、言っておりませんが」
「……」
書類をめくる。
「残りの書類はどれも急ぎではありませんが」
「いや、あの」
「濫様」
がたりと大きな音とともに、書類が床に広がった。
「な、何? 濫が何だって?」
「まったく……会いに行くのが恥ずかしいとか、ぬかさないで下さいよ」
なるだけ何事もなかったかのように書類を集めていたつもりだが、魅美には丸分かりだった。
図星だ。恥ずかしくて、会いに行けれない。何をするために会いに行けばいいのだろう。以前は、ただ会いたいという気持ちで動けたのだが、気持ちを自覚してからは、何故か気持ちのままに動くことが恥ずかしくて、中々会いに行けれていなかった。
公務があれば、忙しくて会いに行けれないと言い訳が出来る。ということで、香鈴は馬鹿みたいに仕事に励んでいたのだ。
「先ほども言ったように、今日はHalloween。昨夜作られた薬草菓子でも持って行かれては?」
「べ、別にあれは!」
「はいはい、それじゃぁ、行く支度でもなさりますか」
「でも、仕事が……」
「あれぐらい、私共でも片付けれます」
「う……」
ここまで準備されていては、これ以上逃げることは出来そうになかった。
「言っとくけど……あの菓子は、別に濫にあげるために作ったとかじゃないからな」
「はいはい、毎晩作っては御自分で片付け、溜息を吐かれているだけですよね」
まさか、そこまで見られていたとは――
☆★ ★☆
少し肌寒くなってきた部屋の暖炉に薪をくべる。ぱちぱちとはぜる音が強くなり、次第に部屋も暖かくなってきた。
「主ぃ」
ノックの音と共に、黒い影が部屋に滑り込んできた。珍しい。この男がきちんと扉から入ってくるとは。
「何だ、楼芽」
「いやぁ、寒くなりましたね」
「あぁ……?」
確かにそうだが、それがどうしたというのだ。ここ廉国では毎年のことだ。硫など暖かい国ならば、この時期も変わらず暖かいのだろうが。
ふと、最近会っていない少女の顔が思い浮かんだ。
元気にしているだろうか。会いに来てくれないが、忙しいのだろうか。もう、自分から行ってみようか。
「今日が何の日か、主は知ってますか?」
「……何の日?」
「異国ではHalloweenらしいですよ」
「あぁ」
あれか。
Halloweenはいくつか文献で見かけたことがあった。お菓子を貰ったり、あげたり、悪戯をする日だったはずだ。
しかし、それがどうしたというのだろうか。
「いやぁ、可愛らしい衣装とか見たら、もう止まらなくなりそうですよねぇ」
「はぁ……?」
止まるも何も、興味がない。所詮異国の文化だし、例え侍女達が着飾っても、自分が《あぁ着替えたか》としか思わないことは自分自身分かっている。まぁ、それが香鈴ならば話は変わるのだろうが。
「用がないなら邪魔だ、楼芽。出ていけ」
「へいへい。そうですね、お邪魔ですよね。それじゃ、お客さんも案内したことだし、俺は下がります」
「は?」
「失礼する……。久々だな、濫」
入り口に立っていたのは、真っ黒の着物を纏った香鈴で、何やら頭からは猫の耳のようなものがついていた。白い髪に映えて、やけにまぶしかった。
「こ、これは美魅が無理矢理だな! とにかく、こ、これ!」
ずいと突き出されたのは、甘い香りのする籠だった。布を取ると、色とりどりの菓子が入っていて、その中心には匂い袋が置いてあった。
「あまりにも来ないから、愛想を尽かされたかと思った」
「いや、そんな!」
慌てて両手を振る香鈴の頬は真っ赤に染まっていた。耳が動き、可愛らしい。いや、別に耳がなくとも香鈴は十分可愛いが。
一つ口に放ると、甘い味が広がった。
「美味しいな……」
「あぁ、それは疲労回復効果のある薬草を入れたやつだ」
「そうか。はい」
「っ!?」
小さな桃色の唇に菓子を運んでやると、一気に香鈴の顔が一面紅色になった。
可愛い。これは癖になる。
濫に遊ばれている。こんなつもりはなかったのに、今日も何故か負けている気がする。
「な、な、なぁ!?」
「ははっ、俺の婚約者は本当に可愛いな」
「っ〜!!」
遊ばれている。完全に。
悔しくなった香鈴は、反撃に出ることにした。
今日はHalloween。やることは一つ。
「Trick or treat!!」
「ん? 悪戯希望で」
有り難う御座いました。