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バリサンフラグ

作者: 柚餅子

フラグの折れる音がした。いや、もしかしたらそれは単なる幻聴で、バリサンで立っていた筈のリア充フラグが、実はいつもの失恋フラグだっただけかも知れない。

「ごめん。好きな人がいるんだ。君って良い人だけど、そういう関係にはなれないかな。友達でいましょう」

ググれば最初に出てきそうな、冷たいテンプレートのセリフ。

胸のざわめき、絶望、嫉妬が混ざって目眩がした。

涙の代わりに落ちる言葉。

「うん、分かった。ごめんね」

本当は分からなかった。嫌だった。でも、こう言うしかないじゃないか。

クソビッチが、いっそ死んでしまえば良い。この前話していたイケメン高身長の先輩と地獄に堕ちろ。


それでも、嫌いになんてなれるわけない。

ここで良い人なんて言われるぐらいなら、最初から嫌われてしまえば良かった。そうすれば彼女だって、社交辞令的な友達付き合いをする必要もなかった筈だ。

失恋した瞬間、失恋フラグの存在意義は無くなる。無残にも折れて粉砕したそれは、まるで僕そのものだった。


死にたい。




*

フラグとは伏線であり、予感である。

例えば、戦場で主人公に「この戦争が終わったら、俺結婚するんだ」などと言っているキャラは、大抵お決まりの展開で死ぬことになる。これを死亡フラグと言う。

登校時に食パンを咥えた少女とぶつかるのは恋愛フラグ。

少女が変な石を持って空から降ってくるのは冒険フラグ。

一般的にフラグが発生する際には『何々フラグが立つ』と言い、フラグが消滅する時には『フラグが折れる』と言う。望まないフラグを自ら無効化する際には『折る』という表現が使われることもある。


この世の中にはありとあらゆるフラグが存在する。


“バリサンフラグ”


僕の造語である。

バリサンとは携帯において、電波マークが三本立っている状態をいう。つまりそれは最強の状態。

バリサンフラグは自ら折ることが出来ない。


故にそのフラグが立った時、人々はただ予感に身を任せ、伏線と共に運命へ葬られる。


*

屋上への扉は閉まっていた。僕は内心びくびくしながら錠前を金槌で壊す。

自前のチェーンを外からノブに絡めて二度と開かない様にすると、ここは外界とは隔絶された僕だけの場所となった。

風だけが僕を迎える。

フェンスを乗り越えて校庭を見下ろすと、恐怖が体に染み込んできた。

「もし死ななかったら、もう一回彼女に告白しよう」

フラグが立った。もちろんバリサンで、中身はまだ分からない。

足がアスファルトを離した瞬間、時間が不意に凍りつき、僕はゆっくりと下界に落ち始める。

重力が無くなったみたいだ。


色々なことを思い出した。

始めて会った日のこと。

一緒に遊びに行った時のこと。そうだ何故か街中の本屋をまわった。川をひたすら下ったこともあった。


思い出す事が無くなって三階の窓を覗くと、知らないヤンキーと目が合った。ニヤリと笑って中指を立ててやろうかと思ったけど、僕の体は時間に縛られて凍ったままだった。

何かがハウリングする音が聞こえた。それが自分の絶叫だと気づいてしまった途端、手足が痺れてきて僕は気を失った。



*

フラグには色が無い。かろうじて光の屈折で形が分かる程度で基本的に無色透明だ。ただ、折れた時に絵の具のようなねっとりとした透明度の低い有色の液が漏れてくる。それで初めて、どんなフラグだったのかを確認できる。


僕にはフラグが見えた。


恋愛フラグの中身はピンク色だった。まあ、妥当だろう。

冒険フラグはいくつもの色がマーブル状にミックスされていて、内容によって混ざってくる色も変わる。例えば恋愛要素が強いとピンク色が多くなる。

死亡フラグを見たことは一度しか無い。八回目ぐらいの自殺未遂で入院した時、横に居たじいさんがそれを持っていた。意外にも溢れてきた色は紫で、ゆっくりと広がり病室の床を優しく染めていた。


失恋フラグは黒みがかった深い青だ。僕はこれを何度も見た。何度も告白して、何度も振られたから。


その度に屋上から飛び降りた。


もし自殺に失敗したら、僕を死なせなかった神様を信じてもう一度告白する。これが僕のルールだった。


十六回目に飛び降りた今日、僕に立ったのはやっぱり死亡フラグじゃ無かった。

いつもの鮮やかな水色のフラグ。何を意味しているのか未だに分からない。僕が飛び降りるたびに、それは弾けて、血の赤の代わりに僕を青く染めるのだ。僕は気がつくと病院にいて、何故か大した外傷もなく大抵は次の日に退院する。

そして新たなフラグが立つ。

それを持って意気揚々と彼女の所へ向かい、告白する。今度こそ恋愛フラグだと信じて。

でも違う。いつも失恋フラグ。


絶望からの自殺。そして再生。


永久にすら思えるリフレイン。



*

十八回目の告白の後、彼女は言った。

「お願いだから、もうやめてよ」

どうして?

「あなた気味悪いよ。何度も自殺して、失敗するたび告白してきて、たまたまじゃ無いんでしょ?脅してるつもりなの?あなたのせいで楽しい毎日が台無しなんだよ。頼むから私を巻き込まないでよ」

君が好きだ。君が振り向いてくれないのなら、僕は苦しくて生きていけない。生きている意味が無い。だから死ぬ。

どうしても生きていくしか無いのなら、それなら君が振り向いてくれなきゃ嫌だ。だから愛を告げる。


それだけのことなのに。


「とにかく私に近づかないで、私と関わらないで、私の目の前から消えて」


僕は走り出した。

彼女の視界からあっという間に消える。

校舎に入って階段を駆け上がり息を切らせながら最上階まで登った。

ガラスを突き破って屋上に出ると、風を切りながらフェンスを蹴って乗り越え、屋上から飛び降りる。


時間が徐々に凍りつくのを感じながら僕は叫んだ。

「君のことが好きだーー」


先ほど告白して折れたばかりで、失恋フラグは立っていなかった。それに、今回はまだ飛び降りてもいないのだ。

つまり今、僕のフラグは一つも無い。


だから、飛び降りながら同時に告白する。



校庭で彼女の口が動くのが見えた。

『いい加減にしてよ。いい加減死んでよ』


唐突にフラグが立つ。

いつも通りのバリサンフラグ。中身はまだ分からない。

けれども、一つだけ言えることがある。


そのフラグが立った時、人々はただ予感に身を任せ、伏線と共に運命へ葬られる。




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