第二部
3年前。ジョンイルは、貨客船マンギョボ号に乗り、17秒の水上の旅の末、黄金の国ジパソグに上陸した。
言葉も文化も何も知らないまま降り立った地で、ジョンイルはひたすら宛もなくさまよい、そして、ついには空腹で倒れてしまった。
数日後。倒れたジョンイルを見つけたのが彼、斉藤さんだった。
そして、斉藤さんに背負われて着いた場所が、このプレハブだった。
その、川をまたいでいる大きな橋の下にポツンと在る小さな小さなプレハブからは、とても悲壮な雰囲気が漂っていたという。
斉藤さんは、ホームレスだ。そんな、毎日の食事もままならないはずの彼が、なんと、ジョンイルにほっぺたが落ちるようなご馳走をしてくれたのだ。
近くの公園のゴミ捨て場で拾ったという、幕の内弁当の残り物のキンピラゴボウ。
3丁目の山田さんちの近くのゴミ捨て場で拾ったという、食べかけチュッパチャップス。
明らかに黄ばんだ液体が入っているアクエリアス。
エトセトラ、だ。
久しぶりに食事を採ったためだと思いたいが、それらをペロリと平らげたジョンイルは、数秒後に全て吐いてしまった。
そのときの斉藤さんのニヤニヤした顔といったら凄まじかったという。
それからいろいろあったが、時の流れとは早いもので、あっという間に3年の歳月が流れた。
13だったジョンイルは、16になった。もう子供とは呼ばせないぜ。
53だった斉藤さんも、56になった。もう、髪とヒゲがボサボサで、ボロを着てて、ワキからシロナガスクジラの死後12年目の臭いがして、パンパース3枚をローテーションしてる汚いおっさんとは呼ばせないぜ。
何だかんだ言って、斉藤さんはジョンイルにとって命の恩人であり、大事な仲間なのだ。
「さっきは言い過ぎたかな…ホントは研ナオコ仲間が出来て嬉しかったのに、照れ隠しでつい素っ気ない態度を…こんなんじゃダメだ!!パパとママが悲しむ!!」
ジョンイルは、ママからの手紙を丁寧に折り畳み、再び右ポケットに突っ込むと、颯爽とプレハブを飛び出した。
その頃、斉藤さんは、米田さん宅で、米田さんとテーブル越しに話をしていた。
「米田さん、ジョンイルのことなんですが…」
「あぁ、しょの件でしゅね…斉藤しゃん、ジョンイルは北夜鮮から来たのでしょう?しょれなら、もしかしたら奴は“こうしゃくいん"なのかもしれましぇんねぇ…」
「工作員?つまり、スパイ…ということですか?」
「えぇ。斉藤しゃんから聞けるだけの情報を聞き出したら、斉藤しゃんはジョンイルにとって無用になるどころか、ジョンイルのことを良く知る邪魔者という立場になってしまいましゅ。斉藤しゃんも、いつかはジョンイルに命を…」
「ちょっと待ってくれ!!俺とジョンイルは3年間も一緒に居るんだ!!ジパソグ語だって俺が教えた!!お互いの頭に潜むシラミを取り合ったり、鼻毛を抜き合ったり、森の精霊ごっこをしたりして、ずっと仲良くやってきたんだ!!」
「しかしでしゅね…」
そのとき、米田さん宅の呼び鈴が鳴った。
ピンポーリ
「開けてくれ〜!!」
ジョンイルだ。
「奴が来たようでしゅね…」
米田さんはテーブルの下に隠していたアースジェットを両手に持ち、立ち上がった。
「米田さん!!何をする気なんですか!!」
「ふふふ…奴は悪の根元でしゅ。今のうちに始末しておきましょう」
米田さんは玄関へと歩き始めた。