こむぎとしおりと洋食屋さん
土曜日の午後三時。私としおりの二人でとある洋食屋さんに来ていた。
その洋食屋さんは家から十分程の場所にあって、私もなんとなく気にはなってはいたけれど、見た目がレトロモダン風の外観に馴染んだ風ということもあり、何度も通りかかってはやはり入る勇気が出ない。そんなお店だった。
「入りませんの?」
友人のしおりはガラス製の扉に手をかけて、おかしなこむぎさんといった風に眉を逆ハの字にして私に振り返る。
「ごめんごめん。ずっと気になってたけど入る勇気がなかったからさ。なんというか。例えると、衝動的に買ってしまった本をいざ読むぞ!って時と似た感覚なんだよ。私なんか普段本なんて読まないから。読むのにカロリーを使っちゃう。それと同じ。結局読んでみたらついついその世界観に引き込まれちゃって深夜二時まで読んじゃったんだけどさ」
「それはちょっと分かるかもしれません。でも、そのご本と一緒で勇気を出してこのお店に入ったら素敵な世界観が広がってるかもしれませんよ?」
そう。今日はしおりと一緒だから。
「ヨシ!今日こそ入ろう!」
私にとっては重かったその扉をしおりは簡単に開けたのだった。
■
季節は五月半ば。
例年より少し肌寒かった桜の季節はとうに終わったけれど、それにしても暑すぎる夏一歩手前のような湿度を纏った五月。
扉を開けたらベルがチリンコチリンコと鳴った。
それはお店からブワァーっと体全体を包むような冷房の空気と共に、夏のような暑さにビックリしてる私の身体にはちょうど良い清涼剤となった。
私の前にいるしおりを盾にお店を覗く。カウンターと、カウンター席の後ろにテーブル席が四席ほど配置されていた。テーブル席の後ろは壁がガラス張りとなっていた。
「いらっしゃいませ。こちらの席をどうぞ」
ブラウンがベースの制服を着た店員さんが私たちをテーブル席に案内してくれた。
「わ!ガラス張り!」
……なんかしおりが目をすごい輝かせてる。
「しおりはお嬢様じゃん。ガラス張りの部屋とか、離れとかないの??」
「ガラス張りの部屋はありますが!」
あるんだ。
「ガラス張りと言っても単なる透明なガラスじゃないでしょう?」
「透明だけど、茶色味がかってるね」
そうなんです!と嬉しそうにしおりは答えた。
「家の離れは透明なガラス張りですが、このお店の窓は茶色味がかった透明色!お天気の良い日にこの窓から通る太陽の光は眩しすぎず雰囲気を柔らかくしているんです!」
珍しく凄い早口だ……。
彼女は真っすぐに伸びた綺麗な黒髪をクルクル指でいじりながら恥ずかしそうにしていた。
今日の彼女は白ワンピ。暑い季節にピッタリな彼女の装いと併せてその仕草は様になっていた。しおりとは今年の四月に数年振りに再会した。
彼女の知らない一面を知れるのは嬉しいけれど、たまに見せるそういう反応に私は未だにどう返せばいいのか分からないんだよね。等と思っていると、店員さんがメニューを渡しにやってきた。しおりの反応をごまかすようにメニューを受け取ってパラパラ見る。
あ、そう言えば。と付けるのはちょっとわざとらしいか。
「しおりはなんでこのお店に来ようと思ったの?」
実は今回は私からしおりを誘ってこのお店に来た。というワケではなかった。
少し話を遡ると、アレは先週の水曜日の出来事。
五限目の終わり。授業が終わって机の中に入っている重い教科書をズルズルと引き出しては鞄に詰め込む帰り支度をしていた最中。
「ねね、こむぎさん、こむぎさん!」
私の友人であり、お菓子研究会の仲間でもあるしおりがパタパタと私の机にやってきたのが事の始まり。
「今度この学校のすぐ近くにある洋食屋さんに行きません?」
「洋食屋さん?」
洋菓子屋さんとか、和菓子屋さんではなく?洋食屋さん?
発足したてのお菓子研究会の主な活動はこの町のお菓子屋さんの調査だった。
毎回授業終わりにしおりがこちらの席にやってきては「お菓子屋さんを見つけましたわ!」と言い出し、放課後にそのお店に赴く。それが私たちの日課だった。
だから、洋食屋さんを提案されるとは思っていなかった。
勿論断る気はないけど、今までのお誘いが全てお菓子屋さん。
今回は洋食屋さんであることが気になった。
「全然付き合うよ。学校の近くってどこにあるの?」
しおりはブレザーのポケットから彼女の性格とは正反対な飾りっ気のないスマホを取り出して、その場所を見せてくれた。
「それはですね……!」
そういう事があって今に至るんだけど、何故洋食屋さんなのか。
その理由は、この扉をくぐった今も分からないままだった。
「ここの洋食屋さんは元シェフの方なんです」
「元シェフ?」
「そうですわ。この洋食屋さん──月夜亭のオーナー兼調理担当は元シェフ。メニューを見てみると、値段こそリーズナブルなものを提供されていますが、そのメニューはどれも創作的な料理ばかりでしょう?」
そ・れ・でと彼女は付け足した。
「一番気になっていたのはデザート!」
メニューのページをパラパラ捲ってデザートの場所を探す。
「背面のページにありますわ」
「あ、あった。」
どれどれ……?
ほろ苦いカラメルと濃厚な卵をたっぷり使った甘さ控えめもっちりプディング、紅茶香るスポンジとアールグレイクリームの中に桃をサンドしたショートケーキ、クレープ生地とバニラ香カスタードに生クリームを層に使用したミルクレープ……「ミルクレープ!」
そんな私の様子にしおりはふふ。と柔らかい笑顔を浮かべていた。
……あ、ついつい声に出てしまった。周りのお客さんや店員さんの視線を感じて俯いてしまった。うう、恥ずかしい。
「それじゃこむぎさんはミルクレープね?私はどうしようかしら。同じミルクレープでもいいけれど、このショートケーキも気になるわね。私はそれにしようかしら。店員さーん」
しおりは店員さんを呼んで注文を取った。
■
「お待たせしました」
店員さんがやってきて、白のテーブルクロスを纏ったテーブルにコトッと少し音を立ててケーキを二人の前に置いた。
「こちらが桃のショートケーキ。こちらはミルクレープになります。ごゆっくりどうぞ」と店員さんは厨房の奥へ消えていった。
まずは観察。美味しい食べ物は美味しいだけじゃなくて見た目も美しい。
そして、楽しい。
私が頼んだミルクレープ。これは前者だった。
スタンダードなミルクレープ。ミルクレープはその姿が完成形。
対して、しおりが選んだショートケーキ。
これは後者の楽しいに分類されるメニュー。『ケーキ』と言われて想像するのは三角ケーキかもしれないけど、丸型のケーキで、上側のクリームはバラが咲いているかのように塗りたくられていた。家が洋菓子屋さんのしおりも目を輝かせていた。
「これは洋菓子屋さんとは思想が根本から違いますわ」
「洋食屋さんと洋菓子屋さんで見ただけで違いが分かるものなの?素材?」
「いえ、そういうのではありませんが。洋菓子屋はホールを切り分けて並べるでしょう?だから丸型ショートケーキは家では販売しておりませんのよ。デパ地下なんかでは同様に丸型ショートケーキを見るようになりましたが、クリームが薔薇のようになっているのはここ独自といったところですわね」
「言われて思うと、お店のショーケースで薔薇のショートケーキ(命名:私)が販売されているのは想像つかないかも」
なるほど、と納得していると、「こむぎさんのミルクレープも面白いわね」とふむふむ顔のしおり。
「そう?私は普通のミルクレープのように見えるけど……?」
チッチッチと口の前で指を振る。
「食べれば分かりますわ!」
勿体ぶるんだ。
「わーったよ。それじゃ食べよ!」
「「いただきまーす!」」
まずは私がミルクレープを口に運んで……パクリ!
「……ふぉおおおおおお!」
どうかしら?なんて目で得意げにしおりが見つめてくる。
「確かに違う。普通のクリームよりもちょっとモッタリしてるのかな?」
「そうなの!流石こむぎさんですわ!そのクリームの見た目からして使われている素材はディプロマットクリーム!それこそ最近安価でコンビニ等でもミルクレープは買えますが、本場はこうでないと!」
「一口よくて?」と頼んできたので「そっちのショートケーキも頂戴?」とお願いする。
実はちょっと憧れだったお菓子の交換こ!
しおりが食べかけのところにフォークを刺すかちょっとだけ迷って、チラリと見ると彼女は気にしてなさそうだったけど、私はちょっと気恥ずかしくてまだフォークが刺さっていないところを頂く。そして貰ったショートケーキを口へと運んでパクリ……!
「!!(言葉にならない声)」
「こっちもすごいよ!桃のショートケーキって書いてあるけど風味が豊か!」
既にショートケーキを食べていたしおり曰く、「ショートケーキのクリームがアールグレイに、上に乗ってる桃とスポンジの間に挟まれている桃が味わい豊かにしている」とのこと。
アールグレイの生地にミルクレープとは対照的に重たくないクリーム。そして桃はこの季節にピッタリ食べやすい。今度来たらこれも食べたいな。
■
ケーキを食べて一しきり話した後、既に四時になっていた。
五月のこの時期は帳が降りるというにはちょっと明るい。
解散するのも惜しく、店を出た私たちは近くの公園名物、錆びたお馬さん、錆びたとらさんに跨っていた。
「来月の文化祭は何かする予定はあるの?」
「ウチのクラスはお化け屋敷ですわ。もしかして決めるときに寝てました?」
授業中寝てることも多いけど……そうじゃなくて!
「いや、お菓子研究会は何かしないのかなーって!」
「ふふ、冗談ですわ。私としては今日得た経験からそれこそちょっとした喫茶店は開いてみたいけれど……」
「でもナマモノって文化祭で扱えないでしょ?」
だから……。としおりは付け加えた。
「リストリエを文化祭で出店しようと思いますわ!」
なるほど。しおりん家の洋菓子屋さんをそのまま出品する算段なんだ。
行けそうな気がする……。
「もし通ったらこむぎさんも店員さんとして働いてもらいますからね!」
「私も!?もちろんやるけどさ!」
やれやれと思いながらどこか楽しみにしている私に内心驚きつつ、今日は解散したのだった。




