第七話 魔法実技、ゼロ点
魔法実技の授業は、週に三回ある。
初めての実技授業の朝、教室はいつもより少し騒がしかった。
「昨日練習したんだけど」「私もう小さい炎なら出せるよ」「すごい! 見せて!」
そんな声が飛び交う中、私はひとり窓の外を見ていた。
(実技か……まあ、わかってたけど)
覚悟はしていた。
でも覚悟していたことと、実際に経験することは、やっぱり違う。
実技授業は校舎裏の広場で行われた。
石畳の広場に、生徒たちが一列に並ぶ。
担当の先生は、がっしりした体格の中年男性だった。
「では順番に、基本魔法を一つ披露してもらう。炎でも風でも水でも構わない。まず自分の魔法を確認することが今日の目的だ」
最初の生徒が前に出た。
深呼吸をして、手を前に差し出す。
次の瞬間、小さな炎が掌の上に灯った。
「おお」「すごい」「綺麗」
歓声が上がる。
(あの炎、温度は低いな。色が橙より黄寄り。魔法の出力が小さいから効率が……)
気づいたら分析していた。
二番目の生徒は風を起こした。三番目は水を浮かせた。
一人ひとりが違う魔法を見せるたびに、私は観察を続けた。
魔法の発動直前、生徒たちの体に微細な変化が起きている。
呼吸が変わる。指先が動く。視線が定まる。
魔法は才能だと言われているが、発動にはある種の「手順」があるように見える。
(これ、アルゴリズムじゃないか)
頭の中でメモを取り続けた。
そして、私の番が来た。
名前を呼ばれて、前に出る。
四十人分の視線が集まった。
わかっている。みんな、私がどうなるか知っている。
魔法適正ゼロ。何も起きない。それだけだ。
私は手を前に差し出した。
何も起きなかった。
当然だ。
「ナツイ、魔法適正はゼロだったな」
先生が確認するように言った。
「はい」
「実技評価、ゼロ点。以上だ、戻っていい」
淡々とした声だった。
責めるわけでも、同情するわけでもない。
ただ事実を告げただけ。
それが逆に、少しだけ助かった。
列に戻る途中、誰かの小声が聞こえた。
「やっぱり何もできないじゃん」
「なんで魔法学園にいるんだろ」
(聞こえてるよ)
聞こえていないふりをして、自分の場所に戻った。
胸が痛いかと言われれば、少し痛い。
でも、それより頭の中が忙しかった。
(さっきの観察、続きを考えよう)
授業が終わって、広場に一人残った。
先生も生徒も教室に戻った後、私はひとり石畳の上に立っていた。
さっき観察した魔法の動きを、頭の中で再現する。
炎を出した子の手の動き。
風を起こした子の呼吸のタイミング。
水を浮かせた子の視線の方向。
(魔法の発動に、共通のパターンがある)
確信が強まった。
才能だけじゃない。魔法には、再現可能な手順がある。
それがわかれば、魔法を使えない私でも、何かできるかもしれない。
「……何してるの?」
声がして、振り返った。
女子生徒が一人、広場の入り口に立っていた。
入学式の日に声をかけてきた、金色のバッジをつけたあの子だ。
「観察してました」
「観察? 何を?」
「さっきの授業で、みんなが魔法を使う前の動きを」
女子生徒が眉をひそめた。
「魔法適正ゼロのくせに、何の意味があるの」
(意味があるかどうかは、まだわからない)
「面白いから、です」
女子生徒は何も言わなかった。
しばらく私を見てから、踵を返して行ってしまった。
(感じ悪いな……まあいいか)
また一人になった広場で、私は頭の中のメモを整理し続けた。
魔法は才能だ。それは変わらない。
でも才能の外側に、まだ誰も気づいていない何かがある気がした。
夕方の光が、石畳を橙色に染めていた。




