第六話 魔法適正ゼロの新入生
入学式の朝は、晴れていた。
制服に袖を通しながら、鏡を見た。
紺色のブレザーに、白いシャツ。スカートの丈は膝下。
どこかこの世界らしい、異世界テイストの混じったデザインだ。
(……悪くない)
前世では、身だしなみなんてどうでもよかった。
推しのグッズが部屋を埋め尽くしていれば、それでよかった。
でも今は、鏡の前に立つのがそんなに嫌じゃない。
「マナ、朝ごはん食べなさい」
母の声が下から聞こえた。
「いく」
階段を降りながら、今日これから起こることを頭の中で整理する。
魔法学園、入学式。
魔法適正ゼロの私が、魔法師の卵たちの中に放り込まれる日。
(まあ、なんとかなる)
根拠はない。でも、なぜかそう思えた。
魔法学園は、街の丘の上にあった。
正門をくぐった瞬間、空気が変わった気がした。
至るところで魔法の光が瞬いている。
入学式の準備をしている上級生が、軽い調子で火を灯したり、風を起こしたりしている。
それが、ここでは日常なのだ。
(すごい……エフェクトだけは無駄に豪華だな)
感動しながらも、つい分析してしまう。
あの火の色は温度が低い。風の向きに規則性がある。魔法にも、物理法則が働いているのか。
(考え始めると止まらない……)
「ちょっと、そこ」
突然、声をかけられた。
振り返ると、背の高い女子生徒が腕を組んで立っていた。
整った顔立ちで、制服の襟元に金色のバッジをつけている。
「あなた、新入生?」
「……はい」
「魔法適正は?」
(いきなりだな)
「ゼロです」
女子生徒の眉が、わずかに動いた。
「ゼロ。なのに魔法学園に来たの」
「筆記で受かったので」
「……ふうん」
それだけ言って、女子生徒は行ってしまった。
値踏みするような目つきだった。
(歓迎されてないのはわかった)
気にしないようにして、式場へと向かった。
入学式は大講堂で行われた。
広い。天井が高い。
魔法の光で飾られた会場は、どこか現実離れした美しさがある。
新入生が一列に並ぶ中、私はその端に立っていた。
壇上で学園長が話している。
声は聞こえているが、内容が頭に入ってこない。
隣の生徒がこそこそと囁く声の方が気になった。
「ねえ、知ってる? 今年の新入生に魔法適正ゼロの子がいるって」
「えっ、本当に? なんで魔法学園に来たの?」
「筆記だけで通ったらしいよ。信じられない」
「邪魔じゃない? 魔法使えない子がいたって」
(聞こえてるんだけど)
聞こえていないふりをした。
前世でも、こういう経験は何度もした。慣れている。
慣れているはずなのに、少しだけ、耳が熱くなった。
(まあいい。証明すればいいだけだ)
前世の私なら、そう思えなかっただろう。
でも今は違う。
式が終わって、教室に移動した。
クラスは四十人ほど。
魔法適正のある子ばかりが集まった、当然の顔ぶれだ。
その中で私だけが、何も使えない。
担任の先生が黒板に向かって何かを書き始めた。
「今日は初日なので、簡単な魔法理論の確認をします」
(魔法理論)
黒板に、数式が並んでいく。
この世界の棒字法で書かれた、複雑な計算式だ。
魔法の出力量と詠唱時間の関係を示しているらしい。
(……あれ)
目が、式に吸い寄せられた。
(この構造、どこかで見たことがある)
変数の置き方、係数の並び方。
魔法の式なのに、情報科学で扱うアルゴリズムの記述に似ている。
(もしかして、魔法の計算って――)
「ナツイさん」
先生に名前を呼ばれて、顔を上げた。
「この式、読めますか?」
クラスの視線が、一斉に集まった。
魔法適正ゼロの新入生が、どう答えるか。
興味本位の目、侮るような目、様々な視線が刺さる。
(読めるかって?)
私は黒板をもう一度見た。
棒字法の数式。変数の定義。係数の意味。
(読めるどころか――)
「読めます」
教室が、静まり返った。
「……続けて」
先生が、少し驚いた顔で言った。
「魔法の出力量をE、詠唱時間をtとすると、この式はEがtの二乗に比例していることを示しています。ただ――」
言いかけて、止まった。
(言いすぎるな。まだ早い)
「……基本的な比例関係です」
先生が目を細めた。
「正解です。よく読めましたね」
クラスがざわついた。
さっきとは違う、種類のざわめきだった。
(面白くなってきた)
「ただ」の続きは、胸の中にしまっておく。
この式には、明らかに非効率な部分がある。
詠唱時間を短縮できる別のアプローチが、少なくとも三つは思い浮かぶ。
でも今日は初日だ。
焦ることはない。
窓の外では、魔法の光が風に揺れていた。
私には使えない、あの光。
でも、あの光の仕組みなら――わかる気がした。




