第四十九話 不法侵入(ルート権限なし)
昨日の現場から持ち帰ったログを、部室で丸一日かけて解析した。
過激派が使った術式の改造箇所。魔力残滓のパターン。発信源の方角。三つを照合すると、街の南区画に絞り込まれた。
「カイト、裏が取れる?」
「やってみる」
カイトはヴァレン家の古い台帳を開いた。評議会の外郭組織が過去に使っていた施設の記録。それを南区画の地図と照合していく。
しばらくして、カイトが顔を上げた。
「……廃業した魔導具屋だ。南区画の三番通り。ヴァレン家の台帳に、評議会の外郭組織が過去に使っていた集会所として記録されている」
部室に沈黙が落ちた。
「反評議会勢力が絡んでる可能性がある」
レンが息を呑んだ。セイカが腕を組んで、険しい顔でカイトを見た。私はグリモワールのモニターを閉じた。
「行く」
誰も反対しなかった。
夜、四人で南区画へ向かった。
街の明かりが少なくなるにつれて、足音だけが路地に響くようになった。廃業した魔導具屋は、外から見ると完全な廃墟だった。看板は外れ、窓には板が打ち付けられている。でも私のグリモワールが、地下から微細な魔力反応を拾っていた。
「人がいる。複数だ」
「今夜は集会があるのかもしれない」
私はグリモワールで魔力の密度を確認した。反応は地下の奥に固まっている。入り口付近には誰もいない。今なら入れる。
正面の扉に近づくと、魔法の封印がかかっていた。グリモワールでスキャンすると、評議会仕様の標準的な施錠だった。
「解析する」と言いかけたとき、カイトが先に動いた。
懐からピックツールを取り出して、扉の鍵のシリンダーに差し込む。
「魔法の封印は解けない。でも物理的な鍵なら」
カチ、カチリ。
数秒で、扉が開いた。
「……あなた、そんなものを持ち歩いているの」
セイカが呆れた顔で言った。
「備えあれば」
カイトはそれだけ答えて、先に中へ入った。
地下への階段は、薄暗かった。
四人で並んで降りていく。私がグリモワールで周囲の魔力をスキャンしながら、レンが後方を確認する。セイカは魔力を絞って、いつでも動けるように準備していた。
地下の奥に、複数人分の魔力反応がある。ただ、今は動いていない。集会が終わった後らしかった。
誰もいない集会所に、四人で踏み込んだ。
石造りの部屋だった。中央に長い机があって、椅子が乱雑に並んでいる。机の上には羊皮紙が散乱していた。使いかけのランプが、まだ微かに温かい。最近まで人がいた。
カイトが羊皮紙を一枚ずつ確認し始めた。重要そうなものを素早く手元の紙に書き写しながら、内容を読み取っていく。私はグリモワールを机の端末に接続して、中のデータを読み取り始めた。
「マナ、これを見てくれ」
カイトが書き写した内容を差し出した。元の羊皮紙の右下に押されていた印章の写しがあった。
「……評議会の反主流派の印だ。過激派に資金と場所を提供している証拠になる」
セイカの顔色が変わった。
「この印章、知っているわ。評議会の長老層に反発している派閥が使う。表向きは穏健派を装っているけれど……」
「裏で過激派を動かしていた」
「……そういうことになるわね」
私はグリモワールの画面を確認した。端末のデータ回収が進んでいる。過激派が改造した術式のソースコードが、少しずつ落ちてきていた。
「あと少し。もう少しで全部取れる」
コードの回収が八割ほど終わったところで、階段から足音が聞こえた。
複数人。早い足音だった。
「カイト」
「わかってる」
カイトが懐から小型の魔力計を取り出して、足音の距離を測った。自作の簡易版だ。ヴァレン家の書庫で拾った部品を組み合わせて作ったと、以前言っていた。
「二分もない」
マナは回収を急いだ。レンが入り口側に回って、足音の距離を確認する。セイカが魔力を絞って、迎撃の準備をした。
残り二割のところで、カイトが言った。
「マナ、切れ。逃げるぞ」
「あと少し——」
「今じゃないと全部終わる」
私はグリモワールの接続を切った。
カイトが部屋の奥の壁を指差した。事前に確認していたらしい搬入口だった。木の板が一枚、壁にはめ込まれている。カイトがピックツールを使って留め具を外すと、板が内側に倒れた。
「行け」
レンが先に抜けた。セイカが続く。私が出た瞬間、カイトが板を元の位置に戻しながら最後に出た。
外の空気が、冷たかった。
路地を走った。四人で、振り返らずに走った。
しばらくして、地下から声が聞こえた気がした。誰かが戻ってきた気配があった。
四人は街の明かりの中に、静かに紛れ込んだ。
路地の奥で、息を整えた。
最初に笑い出したのはレンだった。声を殺した笑いだったけれど、肩が震えているのがわかった。セイカも珍しく、肩の力が抜けた顔をしていた。緊張が解けると、こういう顔をするのかと思った。
私はグリモワールに落とした回収データを確認した。八割分のコード。完全ではないけれど、改造の手法は十分に把握できる。残りの二割は、ここから推測できる。
カイトが、書き写した羊皮紙のメモを取り出した。
「証拠はある。でも……評議会の反主流派が動いているなら、これは私たちだけで抱えるには重すぎる」
私はしばらく考えてから、答えた。
「ゼノスさんに渡す」
カイトが目を細めた。
「……あの人を、信用するのか」
「信用じゃない。利用よ。それに——」
私はグリモワールを閉じた。
「あの人との契約に、成果の一部を直接報告するという条件がある。今回はその義務を果たす形にもなる。あの人は評議会への義務より知的好奇心で動いている。反主流派が過激派を動かしているという情報は、あの人が一番欲しがるものだと思う」
カイトは少しの間、黙っていた。それから小さく頷いた。
「……わかった。マナが決めるなら、そうする」
夜の街に、風が吹いた。
四人の影が、路地の壁に長く伸びていた。




