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第四十八話 ファーストデプロイ(初めての現場)

 朝の部室に、カイトの声が響いた。

 「マナ、これを見てくれ」

 魔導端末の画面を差し出してくる。マギ・リンクの地下スレッドだった。街の東区画で魔力暴走による建物の損壊事故が起きたという報告が、昨夜から流れ続けている。

 「これ、ヴァレン家の連絡網にも入ってきた。地下スレッドと照合したら一致した。間違いないと思う」

 カイトが補足した。マギ・リンクだけじゃなく、ヴァレン家の情報網にも引っかかっていたらしい。カイトがその網を能動的に使い始めたのは、最近のことだ。

 私はグリモワールで痕跡のパターンを照合した。見覚えのある構造だった。あの夜に送った緊急パッチの骨格を、誰かが無理やり攻撃用に転用している。

 「過激派ね」

 「みたいだ。怪我人はまだ出ていないらしいけど、建物の壁が内側から爆ぜたって」

 レンが端末を覗き込んで、眉をひそめた。

 「マナ、現場を見た方がいいんじゃないかな」

 「そう思う。放課後、行きましょう」

 カイトとレンが頷いた。セイカだけが、一瞬間を置いた。

 「……街に、行くの?」

 その一言が、妙に小さかった。


 放課後、部室を出る前にセイカがMk-IIIを鞄に入れるのが見えた。迷う様子もなく、当たり前みたいに。

 「持ってくるの?」

 「何かあった時に使えないと意味がないでしょう」

 それだけ言って、先に扉を開けた。

 四人で正門を出た。

 学園の外に出るのは、入学式以来ほとんどない。でもセイカにとっては、それ以上に久しぶりのことらしかった。

 商店が並ぶ通りに差し掛かった瞬間、セイカの歩みが少し遅くなった。屋台の食べ物の匂い。魔法を使わずに荷物を運ぶ人たち。路地を駆け回る子どもたち。馬車の窓越しに見ていた景色と、自分の足で踏み込む景色は、全然違うのだろう。

 私はそれに気づいて、さりげなく歩調を合わせた。

 「初めて? 街を歩くの」

 「……馬車では来たことがあるわ」

 「歩いては?」

 セイカは答えなかった。

 答えが「ない」ということだった。

 「そっか」

 それだけ言って、また前を向いた。セイカが何か言いたそうにこちらを見たが、私は気づかないふりをした。


 東区画の現場は、すぐにわかった。

 石造りの建物の壁が、一角だけ内側から爆ぜたように崩れている。周囲に住民が集まって、困惑した顔で壁を見上げていた。

 私はグリモワールを開いて、現場の魔力残滓を読み取った。過激派が使った術式の痕跡が、くっきりと残っている。私のコードの骨格は確かにそこにあった。でも改造が粗くて、制御が全然追いついていない。暴走するのは当然だった。

 (……私のコードで、誰かの家の壁が崩れた)

 胸の奥が重くなった。でも今は分析を優先する。ログを記録しながら、術式の改造箇所を一つずつ確認していく。

 その間、セイカは住民たちの様子を見ていた。

 魔法が使えない庶民の男性が、崩れた石を一つずつ手で運んでいる。泥を混ぜた砂で固めようとしているが、石が重くて思うように積み上がらない。その隣で、老いた女性が途方に暮れた顔をしていた。

 セイカがしばらくその光景を見つめていた。

 それから、静かに前に出た。

 「……少し、どいてもらえる?」

 住民たちが怪訝な顔をする中、セイカは鞄からMk-IIIを取り出した。いつもの全力ではなく、PWM制御で慎重に出力を絞った魔法が、崩れた石を一つずつ丁寧に持ち上げて、元あった位置へと戻していく。

 住民たちが息を呑んだ。

 老いた女性が「まあ……」と呟いた。

 レンが私の隣に来て、小声で言った。

 「セイカさん、あんな顔するんだね」

 私が見ると、セイカは珍しく、表情が柔らかくなっていた。誰かに見せるためでも、ルシア家の名誉のためでもない顔で、ただ壁を直していた。

 私は何も言わなかった。


 現場の処理が終わった後、住民のおばさんが「お礼に」と屋台のパンを差し出してきた。

 はちみつの甘い匂いがした。

 カイトとレンはすでに受け取って、当たり前みたいに食べ始めていた。私も受け取った。

 セイカだけが、固まっていた。

 路上の食べ物を、手で——という顔をしている。手袋をしたまま受け取るべきか、外して受け取るべきか、そもそも受け取っていいのか。そういう判断が全部詰まって、動けなくなっているのが丸わかりだった。

 おばさんが不思議そうにセイカを見ている。

 私が「どうぞ」と目で促すと、セイカはようやく、少しだけ躊躇してからパンを受け取った。

 一口かじって、また固まった。

 「……甘い」

 「はちみつパンだからね」

 レンが笑いながら言った。「好き?」

 セイカはすぐには答えなかった。でも、もう一口食べた。

 それで十分だと思った。


 帰り道、夕暮れの通りを四人で歩いた。

 少し歩いたところで、セイカが不意に立ち止まった。振り返って、壊れた壁を直した方向を見ている。

 「……魔法が使えない人たちが、ああやって生きているのね」

 「そうだよ」

 レンが答えた。

 「マナのブローチが届く前は、もっと大変だったと思う。学園全体がラグってた時期、街の人たちはもっと影響を受けてたはずだから」

 セイカはしばらく黙っていた。

 それから、また歩き始めながら、前を向いたまま言った。

 「私、ルシア家の外のことを、何も知らなかったわ」

 誰も返事をしなかった。

 返す必要がなかった。

 私はグリモワールのログをもう一度確認した。過激派が使った術式の改造箇所。発生した魔力残滓のパターン。次に同じことが起きる前に、発生源を特定しなければいけない。

 (現場を知った。次は、発生源を断つ)

 夕暮れの街が、四人の影を長く伸ばしていた。

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