表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/49

第四十七話 デフォルト値(レンの場合)

 カイトが羊皮紙を鞄に詰めて帰ったのは、日が傾き始めた頃だった。セイカはその少し前に、ルシア家の用事があると言って早退していた。

 気づいたら、部室にはマナと私——レンだけが残っていた。

 「お茶、淹れるね」

 返事を待たずに立ち上がって、棚の隅に置いてあるポットに火をかける。マナはグリモワールのモニターを眺めたまま、「うん」とだけ言った。

 お湯が沸くまでの間、私はなんとなくマナの横顔を見ていた。

 「マナって、最近ちゃんと寝てる?」

 「寝てる」

 即答だった。

 「嘘だ」

 マナが顔を上げた。

 「なんで」

 「なんとなく」

 それだけ言うと、マナは少し黙って、それから小さく笑った。否定はしなかった。


 お茶を二つ用意して、マナの隣に座った。

 マナはグリモワールを閉じて、湯気の立つカップを両手で包んだ。部室の魔導灯が、静かに二人を照らしている。

 「ゼノスさんのこと、旧文明のこと、k=20のこと」

 私はカップを口に運びながら言った。

 「全部すごく大事なのはわかるよ。でも最近のマナ、なんか……コードしか見てない感じがする」

 マナは何も言わなかった。

 否定しないということは、そうなのだと思った。

 それ以上は追及しなかった。ただ黙って、一緒にお茶を飲んだ。


 しばらくして、私は思い出したように言った。

 「俺さ、最近思うんだけど」

 「うん」

 「魔法って、才能だから仕方ないって、みんな思ってるじゃないですか」

 マナの手が止まった。

 少しの間があって、「それ、最初に会った日にも言ってたね」と返ってきた。

 「うん」

 私は頷いた。照れくさかったけど、続けた。

 「でも今は、続きがある」

 「続き?」

 「才能以外の部分で何かできるって、あの頃は漠然と思ってただけだった。でも今は——マナのおかげで、本当にできてるじゃないですか」

 マナは何も言えないみたいだった。

 カップを持ったまま、じっとこちらを見ていた。


 窓の外で、風が木の枝を揺らした。

 私は窓の方を見ながら続けた。

 「カイトみたいに禁忌書庫の知識があるわけじゃないし、セイカみたいに高出力な魔法が使えるわけじゃない。マナみたいに理論を組める頭もない」

 「レン……」

 「でも、マナのコードが誰かに届いてるかどうか、一番最初に気づくのは俺なんだよね。それって、悪くないなって思ってる」

 言いながら、本当にそう思っていた。

 難しい理屈はわからなくていい。ゼノスが何者かも、旧文明が何を設計したかも、今すぐ理解しなくていい。

 ただ、マナが作ったものが誰かの役に立った瞬間を、一番近くで見ていられる。それが私の場所だと、最近はっきりわかってきた。

 マナがカップを置いた。

 「……私、あなたのことをちゃんと見ていなかったかもしれない」

 「そう?」

 「そう」

 マナにしては珍しい、素直な言い方だった。

 「見てたよ、ちゃんと。ただ忙しかっただけでしょ」

 「それは言い訳よ」

 「まあね」

 私は笑った。マナも笑った。


 おかわりを淹れながら、私は言った。

 「ゼノスさんのこと、絶対解明してやろうね。でも今日くらいは、お茶飲んでていいと思うよ」

 マナは「そうね」と答えた。

 グリモワールは机の上に置いたまま、今日は開かれなかった。

 部室の魔導灯が、二人分の影を壁に映していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ