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第四十六話 逆読み・後編

 翌日も、ゼノスは来なかった。

 その次の日も。

 私はグリモワールのログを何度も見返しながら、ゼノスが「次の準備ができる」と言い残した言葉の意味を考え続けた。準備、とは何の準備なのか。また仕掛けを持ってくるのか。それとも、別の何かを。

 (……待たされている)

 それ自体が、ゼノスの計算なのかもしれなかった。


 三日後の放課後。

 カイトとレンとセイカが部室にいるところへ、ゼノスが現れた。今回は追い払おうとしなかった。どうせ意味がない。

 ゼノスは入り口で立ち止まり、三人を一瞥してから私に言った。

 「席を外してもらえるか」

 セイカが眉をひそめる。私は首を振った。

 「いいえ。私の仲間です」

 ゼノスは少し間を置いてから、「そうか」とだけ言って中に入ってきた。

 椅子を引いて座る。今日は手ぶらだった。ブローチも、魔導具も、何も持っていない。

 「前回、君に驚かされた。認めよう」

 ゼノスが口を開いた。

 「だから今日は、私から話す」


 「君のブローチに、存在しない層を確認しようとした理由を教えよう」

 ゼノスは眼鏡のブリッジを押し上げた。

 「旧文明の道具には、表の設計と裏の設計がある。表は誰でも読める。でも裏は——設計者と同じ視点を持つ者にしか見えない。私は君のブローチに、裏の設計があると思って確認した」

 「……なかったでしょう」

 「なかった。だから余計に、面白い」

 ゼノスは続けた。

 「旧文明の工匠たちは、自分たちの技術が失われることを知っていた。だから道具に裏の設計を隠して、次の世代への手がかりにした。……君にはまだその発想がない。でも、表の設計だけで旧文明と同じ結論に辿り着いている」

 レンが、小さく息を呑む音がした。カイトは羊皮紙を膝の上で静かに握りしめていた。

 「……あなたは、旧文明の道具を実際に見たことがあるんですか」

 私が聞くと、ゼノスは答えなかった。

 ただ立ち上がり、扉に向かいながら言った。

 「私は長い間、この世界を観測している。それだけで十分だろう」

 扉が閉まった。


 しばらく、誰も喋らなかった。

 最初に動いたのはカイトだった。膝の上の羊皮紙を、静かに机の上に広げる。

 「マナ」

 「……わかってる」

 私はグリモワールを開いて、ブローチの解析ログを改めて確認した。

 眺めているうちに、あることに気づく。

 (……待って)

 ゼノスの読み取りの順番が、あまりにも迷いがなさすぎる。初めて見る設計のはずなのに、どの層に何があるかを最初から知っていたような動き方をしている。

 (まるで——設計図を持っている人間の読み方だ)

 「ゼノスさんは『裏の設計がないか確認した』と言った」

 私は呟いた。

 「でも実際には、裏の設計がどこにあるべきかを、最初から知っていた。……なぜ知っていたのか」

 カイトが羊皮紙の一点を指で示した。

 「マナ、これを見てくれ。禁忌書庫の文書に出てくる『始原の設計者』という言葉——その横に書かれている記述に、『表裏一体の道具』という表現が何度も出てくる。……俺はずっと比喩だと思っていたけど」

 「比喩じゃなかった」

 私は静かに言った。

 (この人は、旧文明の道具を「見たことがある」どころじゃない。もっと深いところで、知っている)

 答えはまだない。でも、確信だけが静かに育っていた。

 「……k=20が誰かに意図的に選ばれた数字だとしたら」

 私はグリモワールを閉じた。

 「その誰かが、今もこの世界にいる可能性がある」

 部室の彫像が、無機質な視線をこちらに向けたまま、今日もログを記録し続けていた。

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