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第四十五話 逆読み・前編(リバース・ログ)

 その夜、眠れなかった。

 部室の魔導灯だけを灯して、私はグリモワールのモニターを眺めていた。カイトもレンもセイカも、とっくに寮に戻っている。石造りの地下は静かで、彫像の監視魔導具だけが、いつも通りこちらを向いていた。

 (ゼノスさんは今頃、ブローチを解析している)

 あの人がブローチを持ち帰ってから、丸一日が経つ。私の設計を、どこかで読んでいる。

 (……なら、逆に読めばいい)

 ブローチの表面には、外部から触れた魔力の痕跡が微細に残る。解析するために触れた痕跡も、同じだ。次にゼノスがブローチを返しに来たとき、その痕跡をグリモワールで読み取れるようにしておけば——ゼノスがどの層を見たか、どんな視点で設計を読んだかが、逆算できる。

 私は羽ペンを走らせ、検知プログラムを書き始めた。

 (あなたが何を知っていて、何を知らないか。あなたの「読み方」を読んでやる)


 翌日の放課後。

 私はカイトたちに「今日は先に帰っていて」とだけ言った。理由は言わなかった。三人は顔を見合わせたが、セイカが「何かあったら呼びなさい」と言い残して出ていった。

 一人になった部室で、グリモワールを起動したまま待つ。

 十分ほどして、扉が開いた。

 漆黒の法衣。銀縁の眼鏡。

 「解析が終わった。返しに来た」

 ゼノスはブローチを机の上に置いた。私は表情を変えずに受け取る。グリモワールが、静かに痕跡の読み取りを開始した。

 ゼノスは椅子を引いて座り、自分から口を開いた。

 「君のブローチは面白い設計をしている。魔法の才能がない人間でも使えるように、魔力の受け取り方を根本から変えている。……旧文明の工匠たちも、同じ発想で道具を作っていた」

 私はゼノスの言葉を聞きながら、横目でログを追う。解析痕跡が積み上がっていく。ゼノスがどの層を重点的に見たか——物理レイヤーを中心に、魔法の部分ではなく素材の振動特性を丁寧に確認している。

 (魔力計じゃない。別の何かで解析した)

 「旧文明の工匠たちは、どんな道具を作っていたんですか」

 探りを入れた。

 「魔法を使わずに魔法と同じ結果を出す道具を。……君と、まったく同じ方向性だ」

 その瞬間、グリモワールのログに異常が出た。

 ゼノスの解析痕跡の中に、私が設計した部分以外の層への読み取り試行が記録されていた。ブローチには存在しないはずの層への、確認の跡が。

 (……ない層を読もうとした? まるで、そこに何かあると知っていたみたいに)

 私は静かに問いかけた。

 「ゼノスさん。ブローチを解析するとき、物理レイヤーより深い部分を確認しようとしましたか」

 ゼノスの動きが、一瞬止まった。

 「……なぜそれを知っている」

 私はグリモワールの画面をゼノスに向けた。

 「ブローチに、解析痕跡を記録する仕掛けを入れておきました。あなたが何を見たかを、逆読みしていたんです」

 沈黙が落ちた。

 ゼノスは画面を見て、私を見た。その口角が、ゆっくりと動いた。

 「……続きは、また今度にしよう」

 立ち上がり、扉へと向かう。

 「待って——」

 「君が仕掛けを作れるなら、私も次の準備ができる」

 それだけ言い残して、ゼノスは部室を出ていった。

 扉が閉まる音が、静かに響いた。

 (……また引き分けた)

 私はグリモワールのログを見つめた。でも、一つだけ確かなことがある。

 ゼノスは「なぜ知っているのか」と聞いた。驚いていた。

 あの人が驚いたのを、私は初めて見た。

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