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第三十九話 リソース・リークと掃除屋(ガベージコレクション)

旧校舎地下の部室を照らす魔導灯が、不規則に瞬いた。


「……マナ、接続が不安定だ。学園全体の魔力供給リソースが波打ってる」


カイトが魔導端末マギ・リンクの計器を睨みながら報告する。昨夜、私たちが街の地下ギルド「デバッガーズ」の暴走を緊急パッチで強制終了させた代償が、今、学園のインフラにエラーとなって現れていた。


「無理もないわ。あれだけの規模の術式を強引にシャットダウンしたんだもの。行き場を失った魔力が『ゴミ』として空間に滞留しているのね」


私は、明滅する光の下で解析ログを走らせた。この世界の魔法使いは大気中の環境マナをアンテナのように受信して魔法を放つが、そのプロセスには「終了処理デストラクタ」という概念が欠落している。


「伝統的な魔法は、イメージに頼りすぎたスパゲッティ・コードなのよ。一度発動したエネルギーが完全に霧散せず、メモリを食いつぶすように環境に居座り続ける。……いわゆる、リソース・リークね」


「リーク……魔力が漏れ出しているということかしら?」


セイカ・ルシアが、不機嫌そうに眩い金髪を揺らして尋ねる。彼女ほどの高出力な魔法使いにとって、環境マナの不安定さは、呼吸困難にも似た不快感を伴うものだ。


「そうです。特に昨日の暴走は、安全装置を無視したオーバークロックだった。その残響がノイズとなって、学園のシステム全体を圧迫しているんです」


その時、部室の重い扉が音もなく開いた。


「……騒がしいですね。学園の魔力密度が低下し、私の監視網パケットキャプチャにも深刻なノイズが混じっています」


漆黒の法衣を纏った男、ゼノス・グレアムが、冷徹な視線を私たちに向けた。その銀縁眼鏡の奥にある瞳は、昨夜のログに生じた不自然なパケットロスの真相を、無言のまま問い詰めているようだった。


私は背筋に走る戦慄を隠し、あらかじめ床下に隠しておいた『偽の聖典(無名の工匠の写本)』を、さも今思い出したかのように取り出してみせた。


「ゼノスさん。ちょうど今、この写本にある記述を解析していたところです。『古の工匠は、使い古された魔力を大気へ還す儀式を知っていた』と。……私たちがこの学園のノイズを掃除デバッグしてみせましょうか?」


ゼノスは眉を動かし、私の「偽のソース」をスキャンするように見つめた後、微かに口角を上げた。


「……いいでしょう。君たちの技術の有用性、今一度証明してもらいましょうか」


実装は、プロジェクト『ロジック』の総力戦となった。

私が20進法の単位 k=20 を、不要な魔素を開放するための周波数として定義し、ガベージコレクション――不要魔力の自動回収の論理を構築する。カイトが周囲の滞留魔力を物理的に吸い込み、再分配するロードバランサの基盤を調整し、レンが魔力の澱みを視覚化する感応センサーの感度を引き上げた。


「セイカさん、お願いします。力を出すのではなく、環境をリセットするイメージで」


「……注文が多いわね、あなたは」


セイカが『ロジック・グリモワール・Mk-III』を構える。彼女がボタンを叩くと、デバイスが物理的な共鳴音を立て、k=20の周期で透明な波動を放出した。


その瞬間、部室の、そして学園中に滞っていた魔力の澱みが、幾何学的な紋様と共に次々と分解され、清浄な環境マナへと還元されていった。明滅していた魔導灯が安定し、学園のシステムが再起動されたかのように輝きを取り戻す。


「……信じられない。壊すことより、片付けることの方が難しいなんて。あなたのロジックは、本当に底が知れないわね」


セイカが金色の後れ毛を指で払いながら、自分の指先に宿った穏やかな光を見つめ、感嘆の声を漏らした。


ゼノスは、正常化した監視ログを静かに見つめていた。彼は確信したはずだ。マナ・ナツイは単なる魔法使いではない。世界の理(OS)に直接割り込みをかける、システム管理者の資質を持っていることを。


だが、成功に沸く部室の隅で、カイトが険しい表情でマギ・リンクの画面を見せてきた。


「マナ……街のデバッガーズたちが、俺たちのパッチを解析したみたいだ。今度はより効率的に環境マナを奪う『魔力泥棒』の手法を広め始めている」


「……私がパッチを当てるたびに、世界はもっと複雑なバグを生み出していくのね」


監視者の彫像は、無機質な視線を向けたまま、私たちの成功と、そして新たな世界のバグを静かに記録し続けていた。

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