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第三十七話 ダイナミックレンジの拡張(疑似低出力制御)

学園の第3錬成実習室には、焦げ付いた砂糖のような、甘く苦い匂いが立ち込めていた。


「……まただわ」


学年首席、セイカ・ルシアが、絞り出すような声で呟いた。

彼女の目の前では、精密な温度管理を要求されるはずの試験薬が跡形もなく蒸発し、フラスコの底には炭のような残滓がこびりついている。周囲の生徒たちが「天才セイカ様でも弱火は扱えないのか」と囁き合う声が、彼女のプライドを鋭利に削り取っていく。


私は実習室の隅で、その光景を「理系の眼」で静かに見つめていた。


(……あれは技術不足じゃない。生体ハードウェアの『定格出力』が高すぎるだけだわ)


前世の音響工学で言うところの、信号が最大値を超えて平坦になる「クリッピング(飽和)」現象。彼女の魔力OSは、100%の出力という単一のモードでしか実行できない。いわば「低出力制御の欠如」という深刻なバグを抱えているのだ。


放課後。私たちは、手に入れたばかりの旧校舎地下の部室に集まっていた。

カビ臭い空気の中、私はゼノス・グレアムが仕掛けた監視魔導具(彫像)の届かない「デッドゾーン」にデスクを配置し、解析データを広げる。


「ルシアさん。今日の失敗の原因は、あなたの出力が魔法システムの限界を超えている……つまり、ダイナミックレンジが狭すぎることにあります」


「……ダイナミック、レンジ?」


セイカが怪訝な顔をする。私は監視者の目を意識し、昨日床下に隠しておいた『偽の聖典(無名の工匠の写本)』を、さも今発見したかのように取り出してみせた。


「この写本に記述がありました。『光を断続的に放てば、その熱は和らぐ』。出力を『下げる』のが無理なら、100%の出力を高速でオン・オフさせる――『パルス化』することで、平均出力を擬似的に下げればいいんです」


これこそが、前世の技術『PWM(パルス幅変調)』によるハックだ。


実装はプロジェクト『ロジック』の総力戦となった。

まず私が、20進法(棒字法)の単位「k=20」を魔法波形のサンプリングレートとして定義した。1周期の中で、「ON」の時間と「Wait(待機命令)」を差し込む「OFF」の時間の比率――デューティ比を操作するプログラムを書き上げる。

次にカイトが、高速な切り替えに耐えられるよう、デバイス内の魔石を「固体振動ダイレクト・インジェクション」させるための基盤を調整した。

そしてレンが、セイカの繊細な指先の動きを「入力パルス」として受け取る感応センサーのUIを最適化した。


「……いくわよ、ルシアさん。力を抜くんじゃなく、一定のリズムで『刻む』イメージで」


セイカが『ロジック・グリモワール・Mk-III』に手を添える。デバイス内部で魔石が「カカカカッ」と物理的な共鳴音を立て、彼女の猛烈な魔力を細かなパルスへと変換していく。


その瞬間、指先から灯ったのは、周囲を焼き尽くす猛火ではなかった。


「……暖かい」


セイカの指先に宿っていたのは、ロウソクの炎よりも小さく、それでいて決して消えない「優しい火花」だった。

常に全力で暴走する力に怯えていた彼女が、初めて自分の意思で「世界の解像度」を操作できた瞬間だった。


「……これが、私の魔力……?」


彼女の瞳に宿ったのは、戸惑いと、そして不器用な信頼の光だった。


だが、成功の余韻に浸る間もなく、カイトが魔導端末マギ・リンクの画面を険しい表情で見つめた。


「マナ……街の方で、俺たちがかつて撒いた『理系の端くれ』の教えを誤読した連中が動いてる」


魔法適性ゼロの庶民による地下ギルド『デバッガーズ』の一部が、安全装置を無視した魔法の「オーバークロック」を試し、各地で暴走事故を起こし始めているという。


「……私のデバッグが、世界をバグらせているの?」


私が撒いた論理の種が、知識のない人々の手で武器に変わり、誰かを傷つけている。前世の科学者が抱えたような「ノーベルのジレンマ」が、11歳の私の胸を締め付けた。


監視者の彫像は、無機質な視線をこちらに向けたまま、静かにそのログを記録し続けていた。

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