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第三十五話 ライセンス契約(ギブ・アンド・テイク)

「……さて、マナ・ナツイ。君という『劇薬』をどう扱うべきか、非常に悩ましい」


査問室の喧騒から隔離された、重厚な石造りの応接室。ゼノス・グレアムは、宙に浮かぶ数枚の報告書を指先で追いながら、ソファに深く腰掛けた。

 その対面に座るマナは、十一歳の子供には到底似つかわしくない、静謐な佇まいで紅茶を口に運んでいる。


「提案だ。君たちの安全と今後の研究資金、そして卒業後の地位を評議会がすべて保証しよう。……ただし、その『ロジック・グリモワール』の全権利と、君たち自身の身柄は、評議会の厳重な管理下に置かせてもらう。君の技術は、この世界の均衡を壊すにはあまりに鋭利すぎるからね」


ゼノスの提案は、一見すれば破格の待遇だった。だが、その本質は「隔離」と「独占」だ。マナという異端の知性を、評議会という名の巨大なサーバーに閉じ込めようとしている。


マナはカップをソーサーに戻し、カチリ、と硬い音を立てた。


「……お断りします」

「ほう。拒絶か? 理由を聞こう」


「技術というものは、特定の誰かの所有物になった瞬間に腐り始めるんです。私の構築した論理ロジックは、カイトやレンのように『才能がない』と切り捨てられた人たちのためにある。それを評議会の秘密兵器にするつもりはありません」


マナの瞳には、一切の迷いがなかった。彼女にとって、この技術は単なる道具ではなく、理不尽な「適性社会」というバグを修正するためのパッチなのだ。


「……断れば、君たちは『魔法秩序の破壊者』として処分される可能性もある。それがこの世界の、逃れられない仕様ルールだ。君一人に、その責任が取れるのか?」


ゼノスの眼鏡が冷たく光り、室内を威圧的な魔力が満たす。

 だが、マナが口を開こうとしたその時、背後の扉が激しく弾け飛んだ。


「――そこまでになさい、ゼノス調査官」


現れたのは、ルシア家の紋章を背負ったセイカ・ルシアだった。

「セイカ様……。これは評議会の公務です。立ち入りは制限されていますが」

「公務? 随分と横暴な言い草ね。彼女たちの研究は、既に我がルシア家の『共同研究プロジェクト』として仮登録を済ませてあるわ。評議会といえど、名門貴族の客分を強引に引き抜くのは、重大な法規違反ではないかしら?」


セイカはマナの隣に毅然と立ち、ゼノスを射貫くような視線で睨みつけた。

「……マナ。あなたの条件を、今ここで突きつけてやりなさい」


マナはセイカの助け舟に感謝しながら、ゼノスに向かって不敵に微笑んだ。


「条件は三つです。一つ、私たちは学園内で公式の『論理魔導研究会』として活動する。二つ、開発の主導権と特許は私たちが保持する。三つ、成果の一部はゼノスさんに直接報告する。……『監視』したいなら、私たちの『自由』を対価に払いなさい」


沈黙が流れた。ゼノスはしばらくマナとセイカを交互に見ていたが、やがてクスクスと、今日初めて人間らしい笑い声を漏らした。


「……いいだろう。その『不自由な自由』、認めよう。君を檻に入れるよりも、野に放って何を作り出すか観察する方が、私にとっても利益メリットがありそうだ」


ゼノスは立ち上がり、マナに向かって右手を差し出した。

「契約成立だ。だがマナ、君がもし世界のシステムを致命的に破壊しようとした時は……私が直接、君を消去デリートする。忘れないことだ」


「……ええ。その時は、あなたを納得させるだけの『仕様書』を書き上げておくわ」


十一歳の少女と、評議会の若きエリート。二人の間に、奇妙で危険なライセンス契約が結ばれた瞬間だった。

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