第三十四話 強制終了(キル・スイッチ)
査問室の中央に鎮座する、高さ三メートルを超える魔導ゴーレム。古の粘土と強化魔法で固められたその巨躯は、物理的な打撃を無効化し、並の魔導師なら一撃で粉砕する「動く要塞」だ。
「さあ、始めようか。マナ・ナツイ。君の『理屈』で、この鉄壁の守護をどう崩す?」
ゼノスの合図と共に、ゴーレムの双眸に禍々しい紅い光が灯る。
傍聴席の老人たちは、嘲笑を浮かべていた。十一歳の少女が、手遊びのような箱を持って、歴史ある魔導兵器に立ち向かう。その結末は、無惨な圧死に決まっていると。
「……カイト、レン。準備はいい?」
マナの声は、驚くほど静かだった。
「……うん。マナ、計算通りに動くよ」
「冷却水、充填完了。いつでもいけるわ」
カイトがデバイスを構え、レンがその背後で魔力のバイパスを支える。マナは、手元の端末を凝視し、ゴーレムが放つ魔力の「指向性」を読み取っていた。
「ターゲット・スキャン完了。……やっぱりね。この世界のゴーレムは、自律思考回路(AI)なんて積んでない。ただ外部の魔力供給源からの命令を、核となる『魔晶石』が受信して変換しているだけ……」
ゴーレムが巨大な腕を振り上げる。空気が悲鳴を上げ、質量がマナたちを押し潰そうとした瞬間――。
「カイト、アドレス『0x7F』に高周波の干渉魔法を射出! ――実行!」
カイトがデバイスのキーを叩く。
放たれたのは、攻撃魔法ですらない、微弱な魔力の「震え」だった。しかし、それはゴーレムが外部から命令を受け取るための「受信周波数」と、寸分違わず重なり合った。
ガガッ、ガガガガッ!
振り下ろされるはずだった巨腕が、空中で奇妙に停止し、痙攣を始める。
「な……何が起きた!? ゴーレムが動かんぞ!」
制御担当の魔導師が、慌てて杖を振るが、ゴーレムは命令を拒絶するように火花を散らす。
「無駄ですよ。今、その子の受信機に大量の『無意味なデータ(ゴミ)』を送り続けて、通信をパンクさせたから」
マナは、冷静に解説を続ける。
「あなたたちの魔法は、命令を送るプロトコルがガバガバすぎる。暗号化もされていない生データを垂れ流しているんだから、横から偽の信号を混ぜるなんて、エンジニアにとっては初歩的なハッキング(妨害)よ」
マナは、仕上げと言わんばかりに、カイトに最後の指示を出した。
「カイト、仕上げ。核の『オーバーロード』を誘発させて」
カイトが最後のキーを押し込む。
ゴーレムの胸部にある魔晶石が、一瞬だけ眩く発光し――次の瞬間、プツンと火が消えるように、その巨躯が膝をついた。
「――システム、ダウン。完全停止完了よ」
査問室を、静寂が支配した。
最強の防御を誇るはずのゴーレムが、傷一つ負うことなく、ただの「動かない泥の人形」に成り果てたのだ。
ゼノスは、眼鏡を外して目元を拭った。その口角は、隠しきれない興奮で吊り上がっている。
「……物理的な破壊ではなく、情報の飽和による機能不全。マナ・ナツイ、君は魔法の『根幹』をハックしたというわけか」
傍聴席の老人たちは、もはや笑っていなかった。
彼らが目にしたのは、新しい魔法ではない。自分たちの特権である「魔法社会」そのものを、根底から無効化できてしまう**「致死的な毒」**の萌芽だった。
「ゼノスさん。これで、私の理論の『有用性』は証明できたかしら?」
マナの問いに、ゼノスは深く、長く頷いた。
「ああ。……だが、同時に証明されてしまったよ。君の存在は、この世界の平和(均衡)にとって、あまりにも危険すぎるということがね」
勝利の歓喜に沸くカイトとレンの傍らで、マナは感じていた。
ここから先は、単なる「研究」では済まされない。自分たちは今、世界の理(OS)を書き換えるための、最初のプログラムを実行してしまったのだと。




