第三十話 デッドロックの解消
隠れ家の狭い入り口に立つエドワード・フォン・ブランシュは、汚泥を見るような目で室内を検分していた 。
彼の背後には、取り巻きの生徒たちがスペクタクルを期待する野次馬のように控えている。
「セイカ様、冗談が過ぎます。ブランシュ家の嫡男として、貴女がこのような『欠陥品』たちと交わっている現実は、看過しがたい」 エドワードの声は、よく通るバリトンの美声だ。しかし、その響きには他者を跪かせることに慣れきった、特権階級特有の傲慢さが張り付いている 。
「……エドワード、しつこいわよ。私は今、重要な検証の最中なの」 セイカが冷ややかに言い放つが、エドワードは取り合わない。彼の視線は、カイトが抱え込んでいる『ロジック・グリモワール』の試作機に注がれた 。
「魔法とは、選ばれた血筋が、高潔な精神をもって紡ぐ芸術だ。それを……あろうことか、このような数式や歯車という『卑俗な理屈』で汚すなど、冒涜以外の何物でもない」 エドワードは、自らの白銀の杖を軽く振った 。
瞬間、隠れ家の空気が凍りつく。それは物理的な冷却ではなく、彼の魔力が周囲の事象を強引に固定しようとする「支配」の波動だった。
「カイト・ヴァレン。お前のような『無能』が、小細工でセイカ様を惑わした罪は重い。そのガラクタを差し出せ。評議会が正式に処分を決定するまで、私が預かっておいてやろう」
エドワードの言葉は、提案ではなく命令だった。
カイトの指が、恐怖で白く強張る 。11歳という幼い肉体にとって、学年次席であるエドワードの魔圧は、それだけで呼吸を困難にさせるほどの重圧だ 。
「……エドワードさん。あなたの言う『芸術』って、ずいぶん脆いのね」
マナが、カイトの前に一歩踏み出した 。
「何だと?」
「だって、私たちの『小細工』が一つあるだけで、あなたの誇る魔法体系が根底から揺らいでしまうんでしょう? だからそうやって、論理で対抗できずに権威で握りつぶそうとする。……それって、システムが旧式すぎて、新しいパッチに適応できない『レガシー・エラー』そのものじゃない」
「……貴様、適性ゼロの分際で……!」
エドワードの端正な顔が、屈辱で歪んだ 。
彼は伝統的な手順を何よりも重んじる 。だからこそ、マナの放った「旧式」という言葉は、彼にとって最大の禁忌を突かれたに等しかった。
「いいでしょう。その理屈、私の魔法で焼き切って差し上げます。……セイカ様、下がっていてください。これが本物の、ブランシュ家に伝わる『絶対零度の審判』です」
エドワードが杖を突き出す。
術式が、彼の美意識を反映した完璧な幾何学模様となって空間に展開される 。
だが、マナは逃げなかった。
「セイカさん、リミッターの接続を。……エドワードさんの魔法には、致命的なバグがあるわ」
マナは、解析ノートの端に、エドワードの術式の「周期的な揺らぎ」を書き留めた 。
「……わかったわ。マナ、指示を出しなさい」
セイカが、煤けた手袋をはめ直し、マナの隣に並ぶ 。
名門貴族の「完成された魔法」に対し、落ちこぼれたちの「開発途上のロジック」が、正面から激突しようとしていた。




