第二十九話 特権の境界線(デバッグ・インターラプト)
隠れ家の空気は、かつての刺々しさを失い、奇妙な熱気に包まれていた 。
机の上には、マナが設計した『魔力抑制器』の青写真が広げられ、その横にはセイカが持ち込んだ高級な茶菓子が並んでいる 。
「……信じられないわ。魔力を『捨てる』なんて発想、ルシア家の教育には微塵もなかった」
セイカは、マナが描いた回路図を凝視しながら呟いた 。
「捨てなきゃ、あなたが燃えちゃうでしょ 。あなたの魔力は、今の私たちのデバイスにとっては『過剰な入力値』なの 。その余剰分を熱に変えて外部にバイパスさせる……これが、あなたが『普通に』魔法を放つための唯一のパッチよ」
マナの言葉に、カイトとレンが頷く。
二人は、セイカが「出しすぎる恐怖」に震えていたことを知り、彼女を「倒すべき天才」ではなく「深刻な問題を抱えたクライアント」として受け入れ始めていた 。
だが、その穏やかなデバッグ作業は、乱暴な衝撃音によって切り裂かれた。
バンッ!
隠れ家の入り口である本棚が、魔法の衝撃で無理やりこじ開けられる。
「――やはり、こんな薄汚い場所にいたのか。セイカ様」
現れたのは、金色の縁取りがなされた制服を着た、三人組の生徒だった 。
中央に立つのは、学年次席の貴族、エドワード。彼は、マナたち「適性ゼロ」の生徒を公然と「泥ネズミ」と呼んで憚らない、純血主義派の急先鋒だ。
「エドワード……? なぜここが分かったの」
セイカが立ち上がり、冷徹な仮面を再び被る 。
「貴女ほどの御方が、このような落ちこぼれ共と密会しているという噂を聞きましてね 。ルシア家の名誉に関わります。さあ、今すぐ戻りましょう。こんなガラクタと、無能な平民に囲まれている姿を評議会に知られたら、どうなるかお分かりでしょう?」
エドワードの視線が、マナが大切に持っていた『ロジック・グリモワール』の試作機に向けられる。
「ふん、これが噂の『いかさま道具』か。魔法を汚す不届きな玩具だ」
彼が指先を鳴らすと、小さな火球がデバイスのすぐ横で弾けた。
「やめて!」
カイトが叫び、デバイスを庇うように抱え込む 。
「ほう、ヴァレン家の恥さらしが口を利くか。お前のような無能がセイカ様をたぶらかすとは、滑稽極まりない」
エドワードたちの冷笑が部屋に響く。
マナは、前世での「理不尽な上層部の介入」を思い出していた。論理も根拠もなく、ただ『身分』や『慣習』という名の仕様で、積み上げてきた成果を壊そうとする者たち。
「……エドワードさん。一つ、仕様確認をさせて」
マナが、静かに一歩前に出た。
「私たちは、セイカさんの魔法を『最適化』しているだけ。それがルシア家の名誉を汚すというのなら……あなたのその『完璧ではない魔法』で、彼女を連れて行けると思っているの?」
「何だと……?」
エドワードの顔が怒りで赤く染まる。
「セイカさんは、あなたたちが見ているよりもずっと高い場所にいる。……そして、そこにあるバグを直せるのは、私たちだけよ」
マナの挑発に、隠れ家の魔力濃度が急速に高まった。
エドワードが杖を構える。だがその時、セイカが彼の前に立ちはだかった。その瞳には、かつての孤独な冷たさではなく、仲間を背負った「開発者の一員」としての鋭い光が宿っていた 。
「下がりなさい、エドワード。……私のデバッグを邪魔する者は、誰であろうと容赦しないわ」




