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第二十八話 デバッグ・コンサルティング

昨夜の爆発の匂いが、まだ微かに残る図書室の隠れ家。

 カイトとレンは、所在なげに昨日より少しだけ片付いた机を囲んでいた。マナはといえば、煤で汚れた羊皮紙の束を広げ、昨日の『事故データ』の解析に没頭している。


「……マナ、あのお嬢様、もう来ないかもしれないね」

 カイトが、不安げに口を開いた。

「……怒らせちゃったもんね。マナ、あんなにハッキリ言っちゃうから」

 レンも小声で続く。


「……来なかったら、それまでの関係だったってことよ」

 マナはペンを動かしたまま、淡々と答えた。だが、その瞳は昨日のセイカの、あの泣き出しそうな顔を何度も反芻していた。


その時、本棚が音を立ててスライドした。

 現れたのは、いつも通り完璧に整えられた制服に身を包んだセイカ・ルシアだった。だが、その手には不釣り合いなほど立派な化粧箱が握られており、視線は泳いでいる。


「……昨日の、その。代わりの部品を持ってきたわ。ルシア家の倉庫にあった最高級のミスリル合金よ。それと……このお菓子も、口直しに持っていきなさい。不愉快な気分をさせた『お詫び』よ」


突き出すように箱を置いたセイカは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「……受け取ってあげるわ。ルシアさん、こっちに来て」

 マナが手招きをすると、セイカは毒気を抜かれたように大人しく、作業机の隣に座った。


「これを見て」

 マナが示したのは、昨日の爆発直前の魔力波形を書き写したグラフだった。

「あなたの魔力は、ただ強いだけじゃない。……不自然なほど、最大値に張り付いているわ。しかも、その線が細かく震えている。エンジニアの目から見れば、これは『余裕がないシステム』の挙動よ」


「余裕が……ない?」

 セイカの声が、わずかに震える。


「そう。あなたは弱く出すのが苦手なんじゃない。弱く出した瞬間に、魔法そのものが霧散して消えてしまうのを恐れている。だから、常に過剰なまでの魔力を流し込んで、力ずくで現象を固定しているの。……ルシアさん、あなた、魔法を使うのが『怖い』んでしょう?」


沈黙が流れた。

 カイトとレンが、息を呑んでセイカを見つめる。

 学園一の天才。ルシア家の誇り。そう呼ばれる少女が、今、小さな肩を震わせて膝を抱えた。


「……ええ、そうよ。怖いわよ。私は、五歳の頃から『完璧』でなければ価値がないと教えられてきたわ。少しでも威力が落ちれば、少しでも詠唱が乱れれば、それはルシア家にとっての敗北。……一度でも弱さを見せれば、二度と自分を保てなくなる。だから、常に全力で、常に最大で叩きつけるしかなかった……!」


彼女の告白は、図書室の冷たい空気の中に溶けていった。

 完璧を演じ続けるために、彼女は自分という回路に、耐えきれないほどの負荷をかけ続けていたのだ。


「……なんだ。お嬢様も、僕たちと同じだったんだね」

 カイトが、静かに言った。

「僕たちは『出せない』ことに怯えていたけど、君は『出しすぎる』ことに怯えていた。……形は違うけど、自分の力がコントロールできない怖さは、きっと同じだ」


レンも、そっとセイカの隣に高級なお菓子の箱を押し戻した。

「……これ、みんなで食べようよ。甘いものを食べると、少しは力が抜けるよ?」


セイカは、驚いたように二人を見上げた。蔑まれることも、利用されることもない。ただ、対等な「弱さ」を持つ者として、そこに受け入れられたのだ。


「……ルシアさん。あなたのそのバグ、私が修正デバッグしてあげるわ」

 マナが、新しい設計図をセイカの前に広げた。

「あなたの魔力を半分、強制的に熱エネルギーとして逃がす『魔力抑制器リミッター』を作るの。あなたはいつも通り全力で魔法を使っていい。その過剰な分を、私のデバイスが肩代わりして、優しい『信号』に変えてあげる」


「……そんなことが、可能なの?」

「科学を舐めないで。……一人で完璧である必要なんてないのよ。足りないところは技術で補えばいい。……さあ、デバッグの続きよ。次は、基板を燃やさないように、耐熱処理からやり直すわよ!」


マナの言葉に、セイカの瞳に初めて「安心」という名の光が宿った。

 

 天才の弱さを、落ちこぼれたちがロジックで包み込む。

 不揃いな四人の開発チームが、本当の意味で起動ブートした瞬間だった。

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