第二十七話 オーバーフローと疎外感
隠れ家の中は、一週間前とは似ても似つかない光景になっていた。
かつては廃棄されたガラクタや、カイトが拾ってきた古ぼけた工具が主役だったこの場所に、今はルシア家から持ち込まれた高級な白銀の導線や、禁書庫から借り出された羊皮紙が整然と並んでいる。
「効率が悪いわ、ナツイさん。この術式のバイパスは、禁書庫にある三千年前の『古龍の記述』を応用すれば三割は短縮できる」
セイカが、細い指先で高価な羊皮紙を指し示す。
「……それはそうだけど、ルシアさん。その記述は古代語の解読が必要でしょう? 今の私たちには……」
「解読なら私が終わらせたわ。ほら」
マナとセイカの間で交わされる、高度な術式論理。
その輪の外で、カイトとレンは所在なげに立っていた。カイトは自分が削り出した自慢の筐体が、セイカの持ってきた「魔法耐性の高いミスリル合金」の部品に置き換えられていくのを、黙って見つめている。
レンにいたっては、得意の冷却魔法を出すまでもなく、セイカが持参した「永久氷結の魔石」が自動で回路を冷やしているため、やることすらなくなっていた。
「……ねえ、カイト。僕たち、もういらないのかな」
レンの小さな囁きは、作業に没頭するマナの耳には届かない。
「……そんなことないさ。たぶん」
カイトは力なく笑ったが、その手は自分の特製手袋を強く握りしめていた。
「――よし。コンパイル終了。ルシアさん、テストをお願いできる?」
マナが顔を上げた。
新しく組まれた『ロジック・グリモワール・Mk-II』。三つのボタンはそのままに、内部回路をセイカのアドバイスに従って大幅に強化した試作機だ。
「ただ、ボタンを叩くだけでしょう? 拍子抜けね」
セイカは椅子に座り、不恰好な黒い箱に手を置いた。彼女の指先は、ピアニストのように美しく、そして魔力という名の「圧力」を内に秘めている。
「いい、ルシアさん。打鍵はリズミカルに。あなたの魔力は強いから、意識して『絞って』流して。……いくわよ。パターンA-01、着火試験」
「わかっているわ。……実行」
セイカが指を弾いた。
左・右・中央。
カイトが何千回も練習して身につけたその動きを、セイカは一度見ただけで完璧に模倣してみせた。
だが、その瞬間だった。
パキパキ、という不吉な音が回路から響く。
「……え?」
セイカが異変に気づいた時には、すでに遅かった。
彼女の指先から流れ込んだ魔力は、マナの設計した安全基準を遥かに超えていた。共鳴石が青白く、というよりは禍々しい紫色の光を放ち、膨張する。
「ルシアさん、手を離して! オーバーフローよ!」
ドォォォン!
爆発音と共に、回路から黒煙が噴き上がった。
カイトが削った魔導木のケースは粉々に砕け散り、セイカが持ってきた高級な導線は、一瞬で真っ黒な炭へと変わり果てた。
「……っ、げほっ、げほっ!」
煙の中で、マナが激しく咳き込む。
「……な、何が起きたの? 私は、ただ手順通りに……」
セイカは呆然と、煤で汚れた自分の手を見つめていた。人生で一度も「魔法の暴走」など経験したことのない天才が、初めて直面した『物理的な故障』。
「何が起きた、じゃないわよ!」
マナが、これまでにない怒声で叫んだ。
「言ったでしょ、魔力を絞ってって! あなたの出力は、この回路にとっては豪雨の中に注ぎ込まれる滝のようなものなの。入力値が許容範囲を超えて、論理ゲートが物理的に焼き切れた……つまり、システムが死んだのよ!」
「死んだ……? 直せばいいでしょう、そんなもの」
「直す!? これを作るのにカイトがどれだけ神経を削って外装を削ったか、レンがどれだけ正確な温度管理を維持してきたか、わかってるの!?」
マナの言葉に、部屋の隅にいたカイトとレンが顔を上げた。
マナは、真っ黒に焦げたかつての「相棒」――ガラクタの部品を拾い上げ、震える声で続けた。
「あなたの『才能』は、私たちの『科学』を壊したのよ。……ルシアさん、悪いけど、今日はもう帰って」
セイカは、何かを言いかけ、唇を震わせた。
学園で最も敬われ、恐れられる少女が、初めて「場違いな闖入者」として扱われた瞬間だった。
彼女は何も言わずに通行証をひったくるように掴むと、背を向けて隠れ家を去っていった。
静まり返った部屋で、マナは焦げた部品を見つめたまま立ち尽くす。
「……ごめん。二人とも。私、熱くなりすぎた」
カイトがゆっくりと歩み寄り、マナの隣に座った。
「……ううん。マナが、僕たちの作業をちゃんと見ててくれたってわかって……少し、安心したよ」
「でも、これでわかったわ」
マナは、炭になった回路をゴミ箱に捨てるのではなく、大切に布で包んだ。
「天才の魔力は、毒にもなる。……今のままじゃダメ。もっと頑丈な、どんな濁流(魔力)も受け止める『堅牢(堅牢)なシステム』を組まないと、彼女とは対等に歩けない」
ギスギスした空気の中に、かすかな「再始動」の火が灯る。
しかし、去っていったセイカの背中は、かつてないほど孤独に見えた。




