表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/49

第二十六話 エラー・ハンドリング

演習場を支配していたのは、称賛ではなく「気味の悪い静寂」だった。

 カイトが放った魔法には、この世界の住人が見慣れた『魔力の揺らぎ』が一切なかった。呼吸するように自然に、かつ機械のように正確に放たれた一撃。それは、魔法という神秘を、単なる「出力結果」にまで引きずり降ろした異質な光景だった。


「不当な魔導具の使用ではないか!?」

 採点席から、一人の教師が立ち上がり、鋭い声を上げた。学園の権威を重んじる、保守派の魔導師だ。

 「ヴァレン家の出来損ないが、これほど精密な術式を組めるはずがない。何か隠しているな、その手袋を見せなさい!」


カイトの肩が、びくりと跳ねた。

 せっかく手に入れた自信が、一瞬で「不正」という言葉に塗り潰されようとしている。カイトの顔から血の気が引き、周囲の生徒たちの野次が再び勢いを増す。

 だが、私はその声を遮るように、観覧席の最前列で堂々と立ち上がった。


「――不当とは、どのような定義ロジックに基づいた発言でしょうか、先生」


会場の視線が、一斉に私に集まる。

 私は、前世で何度も経験した「仕様変更を無理強いするクライアントとの会議」を思い出していた。相手の感情に合わせる必要はない。ただ、冷徹な事実を突きつければいい。


「学園の規則第十二条。演習における補助具の使用は『本人の魔力を媒体とし、かつ術式の構築を補助するものに限定して許可される』とあります。カイト君の手袋は、彼の微弱な魔力を効率的に導くための、いわば『導線』に過ぎません。術式を走らせ、標的を狙い、タイミングを計ったのは、すべて彼自身の指先です」


「屁理屈を! イメージもなしに魔法が飛ぶはずがなかろう!」


「イメージがないのではなく、イメージを『数値化』したのです。先生、あなたは昨日の昼食に何を食べたか正確に思い出せますか? その曖昧な記憶イメージに頼るから、魔法は失敗する。私たちはそれを、一ミクロンの狂いもない『手順書』に置き換えた。……それが不正だと言うのなら、この学園の教科書もすべて不正なカンニングペーパーということになりませんか?」


「なっ……!」


教師が絶句する。

 私は一礼し、茫然と立ち尽くすカイトの手を引いて、堂々と演習場を後にした。背後では、金髪の少女——セイカ・ルシアが、その光景を射抜くような視線で見つめていた。


放課後、いつもの図書室の隠れ家。

 レンは興奮して机を叩き、カイトは、まだ信じられないといった様子で自分の右手を見つめていた。


「……マナ。僕、本当に、自分の指でやったんだね」

 「そうよ、カイト。私の書いたコードは、君が正しく動かして初めて意味を持つ。君は今日、この世界で一番正確な『実行環境プロセッサ』だったわ」


カイトの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 名門ヴァレン家の恥さらしと言われ、杖を握るたびに周囲に笑われてきた少年。彼が今日、初めて自分の「技術」で世界を見返したのだ。その涙は、マナにとっても救いだった。自分の論理が、誰かの人生を肯定したのだから。


その時だった。

 隠れ家の、偽装された本棚が静かにスライドした。


「……随分と、不遜な論理ロジックね。ナツイさん」


現れたのは、セイカ・ルシアだった。

 カイトとレンが反射的に身を強張らせ、装置を隠そうとするが、セイカは彼らには目もくれず、真っ直ぐに私の机の上にある『ロジック・グリモワール』を射抜いた。


「……ルシアさん。夜中に他人の秘密基地へ土足で上がり込むなんて、随分と野蛮な趣味ね」

 私はペンを置き、あえて挑発的に椅子に背を預けた。

 

 「不愉快だわ、ナツイさん。あなたのその、すべてを見透かしたような態度は」

 セイカは一歩踏み込み、机の上に一枚の古びたメダルを置いた。学園の最深部――「禁書庫」への通行証だった。


「あの演習……あれは、魔法ではないわ。でも、私たちが知るどんな魔法よりも『正しい』結果を導き出していた。……イメージも魂も介在しない、ただ手順ロジックをなぞるだけの力が、どうしてルシア家の血筋を凌駕するのか。それを確かめさせなさい」


「確かめて……どうするつもり? 危険な異端として、上層部に告発でもする?」

 私の言葉に、セイカは薄く、自嘲気味に笑った。


「……告発? 笑わせないで。私は、完璧でなければならないの」

 その言葉は、悲鳴のようにも聞こえた。

 「ルシア家の名にかけて、常にトップであり続け、誰よりも強く、誰よりも美しい魔法を放たなければならない。……でも、私の魔法は不安定よ。昨日の私は、今日の私より弱かったかもしれない。明日の私は、もっと弱いかもしれない。……そんな曖昧な『才能』の上に立っている自分が、怖くてたまらないの」


セイカの瞳が、月光を浴びて青白く燃えている。


「でも、あなたの『科学』は違う。誰が使っても、何度使っても、一ミクロンの狂いもなく同じ結果を出す。その『再現性』があれば、私は――」

 

 (――彼女は、怯えているんだ)


私は気づいた。彼女は完璧な天才だからこそ、その完璧さが「自分の気分」一つで崩れ去ることに、誰よりも怯えていたのだ。前世の「推し」が、ファンからの完璧なイメージに押しつぶされたように。


「……私と組みなさい。この学園のすべてを、あなたの実験材料として提供してあげる」

 それは、共闘という名の、天才からの敗北宣言にも似た「お願い」だった。


「マナ、ダメだよ!」

 カイトが悲鳴のような声を上げた。

 「彼女は天才なんだ。僕たちの『ロジック』が彼女の手に渡れば、本当に誰も追いつけなくなる!」

 「……それに、彼女は私たちのことを『薄汚い』って言ったんだよ?」

 レンも、抗議の視線を私に向け、私の袖を強く引いた。


仲間の抵抗は当然だ。私も、前世で「推し」の努力を政治的に利用した大人たちを憎んでいた。セイカも、そのがわの人間かもしれない。


「……ルシアさん。一つ、約束して」

 私はセイカの目を真っ直ぐに見つめ返した。

 「この『科学』は、誰のものでもない。血筋も、才能も、身分も関係なく、正しい手順を知るすべての人のためにある。……あなたが完璧であり続けるためだけに、これを利用させはしないわ」


セイカは唇を噛み締め、しばらく私を睨みつけていた。天才としてのプライドが、その言葉を受け入れることを拒んでいるようだった。

 だが、彼女は机の上の黒い箱と、カイトの手袋を交互に見つめ、最後に深く、深くため息をついた。


「……わかったわ。私が必要とするのは、その『再現性』という結果だけ。あなたの薄っぺらい理想論には関心がないわ」


「いいわ。交渉成立ね」

 私は不敵に笑い、机の上の通行証を手に取った。

 

 「でも、デバッグ(修正)作業は徹夜になるけど、お嬢様に耐えられるかしら?」


異世界初の「開発チーム」に、最強の、そして最も手強いテスターが加わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ