第二十五話 0と1の弾道
学園の巨大な円形演習場は、熱狂と乾いた砂埃に包まれていた。
『初等部合同魔導演習』。それは、血筋と才能がすべてを決めるこの世界において、雛鳥たちがその翼の強さを誇示するための儀式だ。
観客席を埋め尽くす生徒たちの視線の先では、名門貴族の子息たちが次々と華々しい魔法を披露していた。
「――燃え盛れ、紅蓮の劫火!」
轟音と共に放たれた巨大な火球が、百メートル先の魔導標的を飲み込む。標的は激しく爆発し、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。
魔法とは、魂の叫びであり、イメージの具現化だ。派手であればあるほど、威力が強ければあるほど、それは「正解」とされる。
「次、属性適性外グループ。カイト・ヴァレン、レン、マナ・ナツイ。前へ」
試験官の無機質な声が響いた瞬間、会場の空気が変わった。
熱狂は冷ややかな失笑へと変わり、あちこちから隠そうともしない野次が飛ぶ。
「おいおい、時間の無駄だろ」「ヴァレン家の落ちこぼれが何を見せるんだ?」「石ころでも投げるのか?」
カイトの肩が微かに震える。だが、彼は逃げなかった。
私は観客席の端で、祈るように彼の背中を見つめていた。カイトの右手には、私が昨夜までデバッグを繰り返した『魔導接点付き手袋』が嵌められている。
(大丈夫よ、カイト。バグはすべて潰した。風速、湿度、空気抵抗、魔力伝導率……。すべての変数は、私の書いたコードの中に織り込み済みよ)
カイトが一歩前に出る。彼は使い慣れたはずの杖すら持たず、ただ右手を標的に向けた。
その構えは、魔法使いのそれではない。まるで、獲物を冷徹に定める狙撃兵のようだった。
「……実行」
カイトが手袋の中で、指先を弾いた。
右・左・中央・右。
脳裏に刻み込まれたコマンドを、彼は正確無比なリズムで叩き込む。
その瞬間、現象が起きた。
「……チッ」
空気が鋭く鳴った。
他の生徒のような派手な爆発も、光の柱もない。ただ、目に見えないほど高密度に圧縮された『空気の弾丸』が、一直線に、迷いなく空間を切り裂いた。
ドシュッ!
鈍い音と共に、百メートル先の標的の真ん中――ちょうど林檎一つの大きさしかない「中心核」が、木っ端微塵に粉砕された。
会場が、水を打ったように静まり返る。
「……え?」
誰かが呆然と呟いた。
詠唱はなかった。魔力の劇的な昂ぶりも、イメージの予兆もなかった。ただカイトが指を動かした瞬間、物理法則に従うように「結果」だけが出現したのだ。
カイトは止まらない。
中央・右・右・左。
今度は、標的の足元が凍りついたかと思った瞬間、鋭い熱線が氷を貫き、水蒸気爆発を引き起こす。
「熱変換」と「冷却」の同時並行処理。一人の人間がイメージだけで行うには複雑すぎる多重演算を、カイトは指先のスイッチ操作だけで、事もなげにこなしていく。
「……バカな。魔力反応が一定すぎる。まるで、定規で線を引いたような弾道だぞ!?」
採点席の教師たちが立ち上がり、身を乗り出した。
魔法とは揺らぐものだ。だが、カイトの放つ魔法には、人間らしい「揺らぎ」が一切存在しなかった。そこにあるのは、冷徹なまでの最適解。
(そうよ。それが、私たちが積み上げた『ロジック』の力)
私は心の中で快哉を叫んだ。
マナ(魔力)を、20進法の不確実なエネルギーから、10進法の論理データへと変換し、物理計算で補正する。これはもはや魔法ではない。世界をハックするためのプログラムだ。
すべての標的を最短時間で、かつ誤差数ミリ以内の精度で撃ち抜いたカイトが、静かに右手を下ろした。
会場を支配しているのは、称賛ではなく、得体の知れないものを見たという「恐怖」に近い困惑だった。
カイトが列に戻る際、観客席の最前列に座るセイカ・ルシアと視線が交差した。
彼女は、握りしめた拳が白くなるほど強く、自分の膝を掴んでいる。その瞳には、隠しきれない驚愕と、そして――確信が宿っていた。
「……不愉快だわ。ナツイさん」
彼女の唇が、音もなくそう動いたのを私は見逃さなかった。
才能のない者が、知性だけで天才を追い越す。
その残酷で美しい「科学」の証明が、今、学園の歴史に消えない傷跡を刻み込んだ。




