第二十四話 放課後のデバッグ・セッション
セイカ・ルシアが立ち去った後の図書室は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
窓から差し込む月光が、机の上に置かれた黒い箱を冷たく照らしている。
「……マナ。本当に行くんだね、この道」
カイトが、掠れた声で言った。彼の指先は、さっきまでセイカが触れていたデバイスの質感を思い出すように、落ち着きなく動いている。
「ええ。もう彼女に見つかった以上、中途半端な遊びじゃ済まされない。私たちが作っているのは、この世界の特権階級が独占している『魔法』という名の力を、根底から引きずり下ろすための武器なんだから」
私は、前世で読んだ古いSF小説の一節を思い出していた。
――十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。
ならば、その逆もまた真なりだ。魔法というブラックボックスを科学で解体し、誰にでも扱える「技術」へと再構成する。それが、私の選んだこの世界での戦い方だ。
翌朝、学園の掲示板には一枚の告知が張り出されていた。
『初等部合同魔導演習:属性放出試験』。
「……最悪だ」
掲示板の前で、レンが絶望的な声を上げる。
「これまでは、魔力適性が低い生徒はレポート提出で免除されてたのに。今年から全員参加なんて……嫌がらせかな」
「いや、おそらく『実力至上主義』を徹底したい上層部の意向だろう。落ちこぼれをあぶり出すためのね」
カイトが苦々しく吐き捨てた。
演習の内容は単純だ。並べられた魔導標的に向かって、基礎的な攻撃魔法――火、あるいは風を放ち、その正確さと威力を競う。
魔法適性ゼロの私たちが参加すれば、標的にかすりもせず、全校生徒の前で恥をさらすことになる。
「……チャンスよ、二人とも」
私は、掲示板を見つめたまま、不敵に口角を上げた。
「チャンス? マナ、何を言って……」
「この演習で、私たちの『ロジック』の威力を証明するの。ただし、誰にもバレないようにね」
放課後、隠れ家に戻った私たちは、すぐさまデバイスの改良に着手した。
今の『ロジック・グリモワール』は、机の上に置いて使う据え置き型だ。これを演習中に使えば、一発で不正が露見する。
「カイト、この回路をさらに小型化できる?」
「……やるしかないな。共鳴石を薄く削って、配線をシルクの糸に絡めれば、手袋の中に仕込めるかもしれない」
「レン、あなたは放熱担当。連射しても手袋が燃えないように、極小の冷却陣を組んで」
そこからは、エンジニアとしての意地と時間の戦いだった。
私は、前世での「納期直前のデスマーチ」を思い出しながら、必死にコードを書き換えていく。
ターゲットとの距離、気温、湿度。それらをあらかじめ予測値としてプログラムに組み込み、最適な魔力出力を計算する。
「いい、カイト。この手袋の指先には、三つの接点がある。人差し指を二回、中指を一回叩けば『火球』。逆に叩けば『風刃』が出るように設定したわ」
「……指の動きだけで、魔法を撃つのか」
「そう。傍から見れば、ただ印を組んでいるか、杖を握り直しているようにしか見えないはず。……これは、私たちの『秘密のデバッグ』よ」
深夜の隠れ家で、カイトは何度も、何度も指を動かした。
カチ、カチカチ。
無音の打鍵が繰り返される。
「右、右、左。……よし、発動」
カイトの指先から、シュッ、と鋭い熱風が吹き抜ける。
「……できた。イメージがなくても、体が『手順』を覚えている」
カイトの瞳に、これまでにない自信の光が宿る。
(ナツイ……。暑い季節、情熱、あるいは「成し遂げる」こと)
マナ・ナツイとしての新しい人生。
私は、前世で推しの死に絶望して終わっただけの人生を、今度こそ塗り替えてみせる。
科学という名の、誰にでも開かれた奇跡を手に。
「……さあ、学園を驚かせてやりましょう」
翌週。
演習場の観覧席には、優雅に座るセイカ・ルシアの姿があった。
彼女の視線が、入場してくる「落ちこぼれ三人組」に注がれる。
その口元が、わずかに、本当にわずかに微笑んでいるように見えたのは、私の錯覚だっただろうか。




