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第二十三話 再現性の証明

図書室の静寂を切り裂くように、セイカ・ルシアの足音が近づいてくる。

 カツン、カツン、と規則正しく鳴り響くその音は、まるで処刑台へ向かうカウントダウンのようだった。カイトとレンが反射的に身を強張らせ、装置を隠そうとするが、私はそれを手で制した。

 隠したところで無駄だ。彼女の双眸は、すでに私たちの「聖域」のすべてを見透かしている。


夜会ナイト・セッションにしては、随分と地味な遊びをしているのね。ナツイさん」


セイカは、私たちの作業机の前で足を止めた。月光を吸い込んだような金髪が、暗い図書室の中で仄かに発光しているように見える。彼女はこの学園の、いや、この世界の「魔法」という秩序そのものを体現している存在だ。


「……遊びに見えるかしら、ルシアさん」

 私は、カイトが作ってくれた黒い筐体——『ロジック・グリモワール・プロトタイプ』を、あえて彼女に見えるように机の真ん中へ置いた。

 

 セイカは眉一つ動かさず、冷徹な手つきでその箱を手に取った。

 「イメージの介在しない、継ぎ接ぎだらけの魔力。……先ほど、あなたの指が動くたびに、共鳴石が不自然に脈動するのを見たわ。詠唱もなく、祈りもなく、ただ機械的に現象を絞り出す。それがあなたの言う『科学』の正体?」

 彼女の指先が、真鍮製の三つのボタンをなぞる。

 「醜いわね。魔法とは、魂の輝きを世界に転写する高潔な儀式。それをこんなガラクタに押し込めるなんて……これは、奇跡に対する冒涜だわ」


その言葉は、刃物のように鋭く、重かった。

 カイトが悔しそうに顔を伏せ、レンが怯えたように私の後ろに隠れる。

 だが、私は逃げなかった。前世で、どれだけ効率を求めても「コミュ障」だの「理屈っぽい」だのと蔑まれてきた夏井愛の魂が、マナ・ナツイの体の中で静かに燃えていた。


「冒涜、ね。……それなら、一つ聞かせて」

 私はセイカの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 「ルシアさん。あなたは、今この瞬間に使った魔法を、明日も、明後日も、一年後も、寸分違わず同じ威力で再現できる?」


セイカは、馬鹿にされたと言いたげに薄く笑った。

 「当然よ。私はルシア家を継ぐ者。鍛錬を欠かしたことはないわ」

 「いいえ、できないはずよ。体調が悪ければ魔力は揺らぐ。悲しいことがあればイメージは濁る。魔法は、あなたの『機嫌』ひとつで形を変える不安定な現象に過ぎない」


私は一歩踏み出し、彼女が持つ黒い箱を指差した。

 「でも、この子は違う。ボタンを叩けば、誰が使っても、どんな気分であっても、何度でも同じ結果を出す。……これを、科学の世界では『再現性』と呼ぶの」


「再現性……?」

 聞き慣れない言葉に、セイカの眉がわずかに動いた。


「そう。ルシアさん、あなたは天才よ。でも、あなたの魔法はあなた一代で終わる。あなたにしか使えない。でも、この『ガラクタ』が完成すれば——魔法の才能が欠片もないカイトでも、レンでも、そして私でも、あなたと同じ結果を手にすることができる」


「……っ!」

 セイカの瞳に、初めて明らかな動揺が走った。

 彼女にとって、魔法は選ばれた強者にのみ許された特権だ。それを「誰にでも使える」ものにまで引きずり降ろすという私の宣言は、彼女が信じてきた世界の形を根底から否定するものだったに違いない。


「イメージも魂も必要ない。必要なのは、正しい手順と、確かなロジックだけ。……これは魔法の安売りじゃないわ。才能という名の不平等な呪縛からの、解放よ」


沈黙が流れる。

 図書室の古い紙の匂いと、過熱した回路が冷えていく「パチッ」という音が混ざり合う。

 

 セイカは黙って、装置を机の上に戻した。

 「……不快だわ。あなたの言葉も、その薄汚い箱も」

 彼女は背を向け、去り際に一度だけ振り返った。

 「でも……認めてあげる。その『再現性』とやらが、学園の秩序をどれだけ揺るがすものか。……せいぜい、壊されないように気をつけることね」


足音が遠ざかっていく。

 三人はしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 

 「……マナ。君、凄すぎるよ」

 カイトが、溜まっていた息を吐き出すように言った。

 「あのセイカ・ルシアを、言葉だけで黙らせるなんて……」

 「……怖かったあ。でも、マナの言ったこと、すっごく格好良かった!」

 レンが私の腕に抱きついてくる。


私は、自分の手のひらがじっとりと汗ばんでいることに気づいた。

 「……強がっただけよ。でも、これで確信したわ。私たちの進んでいる道は、この世界の『天才』たちを本気で脅かすほどの力を持っている」


私は、机の上の黒い箱を愛おしく撫でた。

 セイカ・ルシア。彼女は敵か、あるいは、いつかこのロジックを理解する者か。

 

 プロジェクト『ロジック』は、もう後戻りできない段階へと足を踏み入れていた。

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