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第二十話 バイナリの囁き、十進法の咆哮

セイカ・ルシアが去った後の図書室は、凍りついたような静寂に包まれていた。

 「……ゴミ、だってさ」

 レンが悔しそうに、拾ってきたボルトを握りしめる。カイトは無言のまま、拳を白くなるまで固めていた。貴族社会の頂点に立つ彼女の言葉は、才能を持たない者にとっては何よりも鋭いナイフだ。


「いいのよ。彼女にはまだ、これの価値が見えていないだけだから」


私は努めて冷静に言った。むしろ、あの完璧主義者のセイカが、私たちの「ゴミ」を見て足を止めた。その事実こそが、私の理論が彼女の予測を超え始めている証拠だ。


「さあ、作業を再開しましょう。次はプロジェクト『ロジック』の心臓部に、魂を吹き込む工程よ」


私は自作したマニピュレーターを構えた。

 標的は、先ほど殻を割った『共鳴石』。この世界の魔法は、円環を基調とした「20進法」の波長で構成されている。だが、私の脳内にあるロジックは「2進数バイナリ」と「10進法」だ。


(20進法の魔力パルスを、10進法の論理ゲートで制御する……そのための変換レイヤー(翻訳機)を、この石の表面に直接刻む)


「カイト、魔力の供給を最小限に絞って。レン、石の表面の温度を一定に保って」

 二人が頷き、それぞれの役割に集中する。


私はマニピュレーターの針先を動かし、肉眼では見えないほど微細な幾何学模様を石の表面に刻んでいった。それは魔法陣ではない。前世で飽きるほど眺めた、ICチップの回路図に近い「論理ロジックの迷宮」だ。


「……マナ、君は一体何をしてるんだ? それは、僕の知っているどんな術式とも違う」

 カイトが戦慄したような声を漏らす。

 「これは魔法じゃないわ。魔法を『計算』で手なずけるための、鎖よ」


数時間が経過した。11歳の身体は悲鳴を上げ、視界がチカチカする。

 「……よし、接続完了。テストを開始するわ」


三人が息を呑む中、カイトが恐る恐る微弱な魔力を流した。

 従来の魔法のような、派手な光も爆発音も起きない。

 代わりに、私が廃材の針で作った検流計が、チチチ……と時計の秒針のような規則正しいリズムで振れ始めた。


「……動いてる。魔力が、一定の周期で『計算』されているわ」


「光らないし、火も出ないけど……なんだか、生きてるみたいだね」

 レンが不思議そうに装置を眺める。

 「ええ。これが世界で初めて、人間の才能じゃなく、数理で制御された魔力の鼓動よ」


ぐうぅ、と情けない音が響いた。私の腹の虫だ。

 「あはは! 天才科学者もお腹は空くんだね」

 レンが笑いながら、カバンから包みを取り出した。学園の売店で売っている、はちみつたっぷりの焼き菓子だ。


「カイトも食べなよ。今日はもう、最高の祝杯だよ」

 三人で甘い菓子を頬張る。泥とオイルにまみれた図書室の片隅。

 エリートのセイカから見れば、それはやはり「ゴミ」に囲まれた子供の遊びに見えるだろう。


けれど、私の手元で時を刻み続ける針の音は、確かに新しい時代の産声を上げていた。


(演算の基礎はできた。でも、これを外の世界に解き放つには、まだ『出力ポート』が足りない……)


私は菓子を咀嚼しながら、次なる設計図を頭の中で描き始めていた。

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