第二話 魔法適正ゼロ
眩しい。
目を開けてもいないのに、まぶたの裏が赤く染まっている。
冷たい空気が、肌に直接触れている。
肌に、触れている?
(……私、肌があるの?)
次の瞬間、体が勝手に動いた。
肺が空気を引き込んで、喉が震えて――
産声が、部屋に響き渡った。
(え、今の私?)
泣いている。声が出ている。なのに止められない。
体が言うことを聞かない。小さくて、やわらかくて、自分のものじゃないみたいだ。
(……本当に、転生した)
混乱する頭の片隅で、そんな確信だけがあった。
「……おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
助産師らしき人の声がして、私の体が誰かの腕に渡される。
温かい。さっきまでとは全然違う温もりだ。
「……小さい……」
かすれた声が、すぐ近くで聞こえた。
汗で額に張りついた髪。疲労に満ちた顔。
それでも、震える手でそっと私の頬に触れてくる。
「あなたが……私の子……本当に、生まれてきてくれたんだね……」
母親だ。
この人が、私の母親になる人だ。
目から、涙がこぼれていた。
泣いているのが私なのか、この人なのか、もうよくわからなかった。
「ありがとう……ありがとう……」
何度も、何度も繰り返している。
まるで奇跡を抱きしめているみたいに。
(……私なんかで、そんなに喜んでもらっていいんだろうか)
前の世界では、誰かにそんな顔をしてもらったことがなかった。
アラサーになるまで、ずっと。
窓の外から、朝の光が差し込んでいた。
それからしばらくして、私はある部屋へと運ばれた。
「着きましたよ。今から魔法適正検査を始めます」
(魔法適正検査!)
その言葉を聞いた瞬間、眠気が吹き飛んだ。
そう、ここは魔法のある異世界だ。
私にも、もしかしたら――
(魔法、使えたりしないかな……!)
期待に胸が膨らむ。
こんなにわくわくしたのは、いつぶりだろう。
父親らしき男性と、母親が並んで待っている部屋に連れて行かれると、医者が申し訳なさそうに口を開いた。
「……えーっと、大変申し上げにくいのですが」
(あ)
「魔法適正ゼロですね……」
沈黙が落ちた。
(……ゼロ)
(また、ゼロ)
前の世界でも、何をやっても人並みにしかできなかった。
研究者にもなれなかった。友達も、恋人も、できなかった。
そして転生先でも、最初の検査で「ゼロ」を叩き出した。
(笑えない……)
幼児の体では、ため息をつくことすらうまくできない。
そのとき、父親の顔が目に入った。
検査結果を聞いた瞬間、彼の表情が一瞬、硬くこわばった。
大きくて、がっしりした人だ。
でも今は、その肩が少しだけ落ちている。
「……はぁ」
小さな、ため息。
聞こえていた。ちゃんと聞こえていた。
たった一音なのに、なんでこんなに重いんだろう。
(この子に賭けていたんだろうな)
(家の期待も、自分の望みも……)
怒る気にもなれなかった。
前の世界の父のことを、ふと思い出した。あの人も、似たような顔をしていた気がする。
そのとき、母親が動いた。
父の肩に、静かに手を置く。
それだけで、何かを言うわけでもなく。
「まあ、いいじゃないの」
穏やかな声だった。
「生まれてきてくれただけで、十分よ」
父は何も言わなかった。
ただ、少しだけ顔を上げて、私を見た。
「……そうだな」
ぽつりと、それだけ言った。
(……母親、優しいな)
さっきの涙の顔が、また脳裏に浮かんだ。
怒涛の感情が、小さな胸の中でぐるぐるしている。
この体はまだ、泣くことしかできない。
だから私はまた、わあわあと泣いた。
理由は自分でもよくわからないまま、ただ泣いた。
それが、マナ・ナツイとしての、最初の夜だった。




