第十九話 ミクロの境界線
「……くっ、あと数ミリなのに……!」
図書室の隠れ家。魔法の灯りに照らされた机の上で、私はピンセットを握りしめていた。
標的は、昨日「魔導の墓場」から救い出した高密度魔力安定器だ 。外装のボルトを外し、中にある心臓部——極小の『共鳴石』を取り出そうとしているのだが、11歳の子供の指先は、思った以上に頼りない。
(頭の中には完璧な分解アルゴリズムがあるのに、肉体がパケットロスを起こしてるみたいだわ)
前世で何千回とはんだごてを握り、精密基板をいじり倒した私の感覚と、まだぷっくりと丸いこの小さな手。その「解像度」の差に、もどかしさが募る 。一歩間違えれば、替えのきかない貴重なパーツを粉砕してしまう。
「マナ、手が震えてるよ。一回休んだら?」
レンが心配そうに覗き込むが、私は首を振った。
「休んでもこの『器』が変わるわけじゃないわ。……いいえ、発想を変えましょう。自分の手がダメなら、手を拡張すればいいのよ」
エンジニアの基本は、道具がなければ、道具を作るための道具から作ることだ。
私はカイトとレンに向き直った。
「二人とも、手伝って。プロジェクト『ロジック』の最初の成果物を作るわ。……名付けて、精密マニピュレーター(試作零号機)」
「……また変な名前を。何をすればいいんだ?」
カイトが呆れながらも、袖をまくって身を乗り出す 。
私は、廃棄物の山から拾ってきた「形状記憶合金」のバネと、細い銀線を二人に差し出した。
「カイト、このバネに魔力を通して。一定の『魔圧』を加えると硬度が変わる特性を利用して、私の指の動きを十分の一に縮小して伝える『減速機』の役割をさせるの。……レンは、その隙間に微細な風を送って。パーツに触れずに固定する『エア・チャック』よ」
「わかった、やってみる!」
「……無茶苦茶な理論だが、理屈は通るな」
三人が一つの机を囲み、息を止める。
カイトが繊細な手つきで魔力を流し、金属のバネが「カチリ」と脈打つように収縮する 。そこへレンが針の穴を通すような精密な風を吹き込み、パーツを空中に固定した。
私は、自作した「震え補正マジックハンド」を慎重に操作する。
11歳の身体の限界を超えた、ミクロの世界への干渉。
――パキン。
小さな、けれど心地よい剥離音が響いた。
安定器の殻が割れ、中から月光を凝縮したような、透き通った青い結晶が姿を現す。
「……成功。これが私たちの、本当の『心臓』よ」
「やったあ! すごいよマナ!」
レンが飛び跳ね、カイトもまた、信じられないものを見るような目で青い結晶を見つめていた 。
その時、図書室の入り口近くで、微かな足音が聞こえた。
振り返ると、本棚の影から、金バッジを胸に輝かせたセイカ・ルシアがこちらを冷ややかに見つめていた 。
「……そんなゴミを囲んで、何を騒いでいるの。魔法の練習もせずに」
彼女の言葉は刺すように冷たい。けれど、その瞳は、私たちが作り上げた奇妙な「道具」から、一瞬たりとも逸らされることはなかった 。




