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第十六話 演算(ロジック)の代償

「……っ、あつ、い……」


 図書室の片隅で、レンが机に突っ伏した 。その額からは滝のような汗が流れ、呼吸は浅く、荒い。

 隣ではカイトが顔を青ざめさせ、自分のこめかみを強く押さえていた 。


 「マナ……これ、脳が焼き切れそうだ。マギ・リンクの連中も……同じことになってるんじゃないか?」


カイトの掠れた声に、私は血の気が引くのを感じた 。

 マギ・リンクに投稿した「微細魔力集束アルゴリズム」は、瞬く間に拡散された 。才能のない者たちが、こぞって私の数式を試している。

 けれど、この世界の11歳の脳は、複雑な20進法の高並列演算を「生身」で処理するようにはできていない 。


前世の知識をそのまま流し込んだ私のミスだ。OSが対応していないハードウェアに、無理やり最新の重いソフトをインストールしたようなもの。


 「ごめん、二人とも……すぐに演算を中止して!」


私が駆け寄ろうとした時、図書室の重い扉が静かに、だが威圧感を持って開いた。


 「そこまでよ。異端のともたち」


 現れたのは、セイカ・ルシアだった。

 彼女の背後には、マギ・リンクの検閲と不穏分子の特定を命じられた学園の風紀委員たちが控えている 。


 「マナ。あなたの撒き散らした『毒』のせいで、学園中で知恵熱を出して倒れる生徒が続出しているわ。これがあなたの望んだ『平等』の結果?」


 セイカの冷徹な問いかけに、私は言葉を詰まらせた。

 言い返そうとした私の前に、セイカは一歩踏み出し、私のノートを奪い取った 。


 「……貸しなさい。その、反吐が出るほど合理的な『答え』を」


セイカはノートに記された複雑な20進法の行列を一瞥した 。

 そして、信じられないことが起きた。


彼女は詠唱もしない。杖も振らない。

 ただ、その圧倒的なエリートとしての演算能力スペックだけで、私のアルゴリズムを脳内で完璧に実行してみせたのだ。


キィィィィン、と鼓膜を刺すような高音が響く。

 セイカの周囲に、これまでの「魔法」とは明らかに質の違う、幾何学的な光の紋様が浮かび上がった。


「なっ……!?」


カイトが絶句する。

 セイカが引き起こしたのは、彼女の得意とする氷の魔法ではない。

 純粋な「魔力の集束」そのもの。才能ではなく、論理によって強制的に生み出された現象。


 「……正しいわ。悔しいけれど、あなたのこの数式は、魔法の深淵を暴いている」


セイカは光を消し、激しい眩暈に耐えるように眉間に手を当てた。

 天才である彼女ですら、この演算負荷には顔を歪めている。


 「でも、これでは人は壊れる。11歳の未熟な肉体で、この情報量は扱えない」


彼女はノートを私の胸に叩きつけるように返した。


 「明日には査問委員会が動くわ。私は……私自身のプライドのために、あなたがこんなところで潰れるのは認めない。だから、これ以上やるなら……」


「……デバイスを、作ります」


私の震える声が、図書室に響いた。

 セイカが動きを止める。


 「脳で計算するから負荷がかかるんです。だったら、計算を肩代わりする『機械』を作ればいい。ハードウェアが追いつかないなら、外付けのユニットを作って、誰でも安全にこの数式を使えるようにしてみせます」


11歳の少女の瞳の中に、アラサーの技術者としての執念が宿る 。

 セイカは一瞬だけ、毒気を抜かれたように目を見開いた。


 「……馬鹿げたことを。そんなもの、魔法評議会が許すはずがないわ」


「許されなくても、作ります。それが、私のデバッグ(落とし前)ですから」


セイカは鼻で笑い、風紀委員を連れて去っていった。

 嵐が去った後の静寂の中で、私はカイトとレンの手を握った。


 「二人とも、手伝ってくれる?」


「……ああ。魔法適正ゼロの俺たちが、世界に勝つための『武器』だな」 「マナが言うなら、僕、なんだってやるよ!」


11歳の春。

 私たちは「科学」という名の禁断の果実を、形にするための最初の一歩を踏み出した。

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