表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/49

第十五話 匿名の福音

寮の自室、安っぽいパイプ椅子の軋む音が部屋に響く。

 私は、支給された魔導端末の画面を見つめていた。


「……やるか」


現実世界では、目の前に人がいると喉が詰まって言葉が出てこなかった。

 でも、画面の向こう側なら。指先一つで世界と繋がれる場所なら、私は「無敵のオタク」に戻れる。


私は慣れた手つきで、この世界最大の魔導通信網ネットワーク――**『マギ・リンク (Magi-Link)』**にアクセスし、新規のアカウントを作成した。

 ハンドルネームは「理系の端くれ」。


投稿の内容は、昨日実験に成功したばかりの「微細魔力集束アルゴリズム」だ。

 20進法(k進法)の基数をズラすことで、本来なら散逸してしまうはずの周囲の魔力を、強制的に一点にトラップする数式。


『魔法適正ゼロの奴、これ試してみろ。詠唱はいらない。指先をこの角度で曲げて、頭の中でこの数式を展開するだけでいい』


そこには、魔法理論の教科書には絶対に載っていない「効率化された手順」を書き込んだ。

 送信ボタンを押すと、私の綴った「コード」は青い光の粒子となって、マギ・リンクの深淵へと消えていった。


翌朝、学園の廊下は妙にそわそわしていた。


「……おい、見たかよ。昨日の夜のマギ・リンク」

 「ああ。デマだと思ったけど、さっきトイレで試したら……指先が熱くなったんだ」


すれ違う生徒たちのささやきが、耳に飛び込んでくる。

 魔法学園といっても、全員がエリートなわけじゃない。才能の壁にぶつかり、自分の限界に絶望している「凡人」の方が圧倒的に多いのだ。


昼休み、いつもの窓際の席。

 レンがスマホを片手に、鼻息を荒くして走ってきた。


「マナ! 見た!? マギ・リンクでこれ、すっごい拡散シェアされてるよ!」


画面には、私の投稿が驚異的な速度で拡散っている様子が映し出されていた。

 『本当に光った』『数十年魔法が使えなかったのに、初めて感覚があった』という歓喜のコメントが、タイムラインを埋め尽くしている。


カイトが静かに隣に座り、苦い顔で画面を覗き込んだ。


「……マナ、お前か」


「……何のことですか?」


「しらばれるな。こんな変態的な20進法の最適化、この学園でお前以外に誰ができる」


カイトの呆れたような、でもどこか感心したような視線。

 私は視線を泳がせながら、小さく「……ただのデバッグです」と答えた。


「でも、これじゃ済まないぞ。マギ・リンクを監視している評議会が、この『異端の技術』を放っておくはずがない」


カイトの警告を裏付けるように、食堂の入口が騒がしくなった。

 

 「退きなさい」


冷徹な声とともに、セイカ・ルシアが現れた。

 彼女はまっすぐに私たちのテーブルへと歩み寄り、自身の魔導端末を机に叩きつける。

 画面に表示されていたのは、やはり私の「理系の端くれ」のアカウントだった。


「この恥知らずな投稿……あなたの仕業ね、マナ・ナツイ」


「証拠はあるんですか? セイカさん」


私は勇気を振り絞って、彼女の瞳を真っ向から見返した。

 セイカの指が、怒りで微かに震えている。


「魔法は、神から選ばれた者にのみ許された神聖な権能。それをこんな……マギ・リンクに流すような数式遊びで、誰にでも使える安物に貶めるなんて。許されるわけがないわ」


「安物……?」


私は思わず、乾いた笑いを漏らした。

 前世で、成果が出ないと言われ続け、それでも数字だけを信じて夜を明かした日々が蘇る。


「セイカさん。私たちがやってるのは数式遊びじゃない。魔法という現象から『不公平』を取り除こうとしているだけです」


「不公平……ですって?」


「生まれ持った器の大きさで人生が決まるなんて、バグ以外の何物でもない。それを修正して何が悪いんですか?」


食堂中の視線が、私たちに集まる。

 魔法適正ゼロの落ちこぼれが、学園一の天才に噛み付いている。


セイカは唇を噛み締め、それ以上は何も言わずに背を向けた。

 だが、去り際に彼女が漏らした言葉は、これまでのような侮蔑ではなかった。


「……あなたのせいで、世界が壊れるかもしれない。それが分かっているの?」


セイカが去った後、レンが「かっこよかったよ、マナ!」と肩を叩いた。

 けれど、カイトだけは厳しい表情を崩さなかった。


「マナ、宣戦布告をしたな。マギ・リンクに火をつけた以上、もう後戻りはできないぞ」


私は窓の外を見上げた。

 魔法の光に彩られたこの美しい世界が、私の書いた一行のコードで、少しずつ軋みを上げ始めている。


(怖くない、と言えば嘘になる)


でも、前世の私が画面の中で救われたように。

 今度は私の「科学」が、マギ・リンクを通じて、この世界の誰かの暗闇を照らす火花になるんだ。


指先の震えを隠すように、私はノートを強く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ