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第十四話 仮説と、最初の一歩

図書室の窓際、夕闇が迫る一角。

 そこが私たちの「研究所」になった。


「……やっぱり、この部分の論理が飛んでる」


私はノートを広げ、古い研究書の写しと格闘していた。

 横には、興味津々で身を乗り出すレンと、腕を組んで難解な数式を睨みつけるカイトがいる。


「マナ、その『ろんり』っていうのが、魔法が発動する『手順』のこと?」


レンが首をかしげる。私はペンを止めて、なるべく噛み砕いて説明した。


「そう。この世界の魔法は『才能』というブラックボックスに頼りすぎてる。でも、この本が言いたいのは、魔法の発動は一種の関数だってこと。入力(魔力とイメージ)があって、処理(詠唱や動作)があって、出力(現象)がある」


カイトが低く呟いた。


「……だが、俺たちにはその『入力』のための魔力がない。適正ゼロなんだからな」


「ええ。でもね、カイトさん。もし『処理』の効率を極限まで高めたら? あるいは、周囲に漂う微細な環境魔力を、計算アルゴリズムだけで集束させられたら?」


前世で学んだ情報科学の知識が、私の頭の中で異世界の数式と混ざり合う。

 20進法の「k(20)」を基数としたこの世界の数学は、魔法の波長と奇妙に合致している。これを補正し、最適化すれば、魔力を持たない人間でも「現象」を引き起こせるはずだ。


「やってみよう。実験」


私の言葉に、レンがパッと顔を輝かせ、カイトが緊張に肩を揺らした。


放課後の演習場。

 暴走事故の後片付けが終わった広場の隅で、私たちは小さな輪を作った。


「レンさんは、周囲の空気の流れを意識して。カイトさんは、その本にある『集束の定数』を唱えて。……私が合図をしたら」


私は地面に、石灰で複雑な幾何学模様を描いた。

 前世のプログラミングで言えば、これは「魔法を発動させるための外部パッチ」だ。


「いくよ。……実行(実行)」


3人が手をかざす。

 魔法適正がある者なら、ここで掌から光が溢れる。

 けれど、私たちからは何も出ない。


一秒、二秒。

 ……静寂。


「……やっぱり、ダメか」


カイトが自嘲気味に笑い、手を下ろそうとした、その時だった。


――チリッ。


石灰で描いた模様の中心で、小さな、本当に小さな青い火花が爆ぜた。

 それは魔法師が放つ豪華な光ではない。

 静電気のような、頼りない輝き。


けれど、確かにそこには「現象」があった。


「……光った。今、光ったよね!?」


レンが飛び上がって喜ぶ。カイトは目を見開いたまま、自分の震える手を見つめていた。


「……魔法じゃ、ない。俺たちの間に、魔力の回路が……?」


私は胸の鼓動が速くなるのを感じていた。

 前世の大学院。あの閉塞感の中で、いくら計算しても成果が出なかった日々。

 でも今は違う。

 この世界で、この仲間となら、届くかもしれない。


「これ、いけるよ。もっと精度を上げれば、きっと」


私が言いかけた時。


「……何をしているの。あなたたち」


背後から、凍りつくような声がした。

 振り返ると、そこに立っていたのはセイカ・ルシアだった。


夕日に照らされた彼女の金髪が、鋭い刃物のように輝いている。

 その瞳には、いつもの冷徹な蔑み……ではなく、見たこともないような「焦り」が混じっていた。


彼女の視線は、地面に描かれた異様な幾何学模様と、消えかけた青い火花の残滓に釘付けになっている。


「魔法適正のない者が、そんな……気味の悪い真似をして。学園の秩序を乱すつもり?」


「秩序を乱すなんて、そんなつもりは――」


私が一歩前に出ようとすると、セイカは拒絶するように強く言い放った。


「黙りなさい! 才能のない者は、才能のある者に守られていればいいの。……それ以上、その『異端』を広めないことね」


彼女は翻って去っていった。

 その背中が、どこか微かに震えているように見えたのは、私の気のせいだろうか。


「……怖がってるな、彼女」


カイトがぽつりと呟いた。


「俺たちが、自分たちの理解できない『何か』を始めたことに」


私はセイカが去った暗い廊下を見つめ、ノートを強く握りしめた。


(怖がっていいよ、セイカ・ルシア)


才能という壁に守られたあなたの世界を、これから私たちの「科学」が壊しに行くんだから。


マナとしての新しい人生。

 本当の戦いは、ここから始まるのだと予感していた。

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