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第十一話 暴走

 事故が起きたのは、水曜日の実技授業だった。

 その日の授業は「出力強化」だった。

 普段より大きな魔法を出す練習で、先生の指示のもと一人ずつ前に出る形式だ。

 私はいつも通り、列の端に立っていた。

 ノートは持ってきていない。でも目は動いている。

 一人ひとりの発動前の動作を、頭の中に記録していく。

 問題が起きたのは、クラスで一番出力の大きい生徒の番だった。

 タカハシ、という男子生徒だ。

 炎系の魔法を使う。出力は飛び抜けて大きいが、コントロールが荒い。

 ノートには「発動前に首が右に傾く。力みすぎで効率が悪い」と記録してある。

 タカハシが前に出て、深呼吸をした。

 首が右に傾いた。

 そして、手を前に突き出した。

 最初の一秒は、普通だった。

 小さな炎が掌に灯った。

 次の瞬間、炎が膨れ上がった。

 「っ」

 先生が後ろに飛び退いた。

 生徒たちが悲鳴を上げて散らばる。

 タカハシ自身が「やばい」という顔をして、でも止め方がわからないらしく固まっていた。

 炎は広がり続けている。

 石畳が焦げる臭いがした。

 (止められる)

 気づいたら、動いていた。

 周囲を見回す。水はない。消火道具もない。

 でも、風はある。

 広場の端に、大きな扉がある。

 あれを開ければ、風の流れが変わる。

 炎は酸素を消費する。風の向きを変えれば、炎の広がる方向をコントロールできる。

 走った。

 扉に手をかけて、思い切り開く。

 風が流れ込んだ。

 同時に、炎の向きが変わった。

 石畳の上に広がりかけていた炎が、上向きに立ち上る。

 そのまま燃え続けるが、広場の端の方向だ。

 生徒たちのいない側。

 十秒後、タカハシの魔法が自然に消えた。

 燃え広がる前に、収まった。

 静寂が落ちた。

 「……今、何をした?」

 先生の声だった。

 振り返ると、全員がこちらを見ていた。

 タカハシも。先生も。クラスメイトも。

 (しまった。目立ちすぎた)

 「扉を開けただけです。風の向きが変われば、炎の広がる方向も変わると思ったので」

 先生が少しの間、黙っていた。

 「……魔法は使っていないな」

 「はい。ただの物理的な操作です」

 また沈黙。

 「よくそれに気づいた」

 それだけ言って、先生は授業の収拾に戻った。

 「全員怪我はないか」「タカハシ、放課後残れ」「今日はここまで」

 生徒たちがざわざわと動き始める中、私はそっと元の場所に戻った。

 (目立ちたくなかったんだけど)

 でも、体が勝手に動いていた。

 列に戻ると、隣の女子生徒が少し距離を取った。

 反対側の男子生徒は、ちらちらとこちらを見ている。

 (居心地が悪い)

 でも、一つだけ、悪い気がしないこともあった。

 誰かを守れた。

 魔法が使えない私が、魔法の暴走から誰かを守れた。

 それは、初めての感覚だった。

 授業が終わって教室に戻ると、レンが小走りに近づいてきた。

 「見てた。すごかった」

 「目立ちすぎました」

 「でも誰も怪我しなかった。マナがいなかったら、何人か火傷してたよ」

 「……そうかもしれません」

 「なんで気づいたの? あの瞬間に扉を開けるって」

 「炎は酸素を消費するので、風の向きを変えれば広がる方向をコントロールできます。扉が見えたので」

 レンがしばらく黙った。

 「それ、魔法じゃないよね」

 「魔法じゃないです。ただの物理です」

 「物理で、魔法の暴走を止めた」

 「……そうなりますね」

 レンがゆっくり頷いた。

 「マナ、俺思うんだけど」

 「なんですか」

 「魔法が使えないって、本当に弱点なのかな」

 (それは、わからない。まだ)

 「今日だけで判断はできません」

 「そうだね。でも少なくとも今日は、魔法が使えない君が、魔法を使える全員より役に立った」

 教室がざわついている。

 何人かがこちらをちらちら見ている。

 入学式の日に声をかけてきた、金色のバッジの女子生徒も、こちらを見ていた。

 今度は、値踏みとは少し違う目つきだった。

 (変化してる)

 空気が、少しだけ変わった気がした。

 まだほんの少し。

 でも確かに。

 「放課後、図書室行く?」

 レンが言った。

 「行きます」

 「ノートに今日のこと書こう。たぶん大事なデータになる」

 (データ、か)

 魔法の暴走を止めた方法。扉の角度。風の流れ。炎の動き。

 全部、数値で記録できる。

 前世で培った知識が、初めてこの世界で形になった日だった。

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