99. 死んだはずの男
応接室は緊張感で満たされていた。私の隣にはエドワード、向かいにはオッグ男爵と『エリオット』と呼ばれた男が座っている。
「この男があの御者で間違いないのか」
エドワードが私に聞いた。私はもう一度、男を確認する。
小柄で痩せたその男は居心地の悪そうに肩を上げながら、終始えへ、えへへと何かを誤魔化すように笑っていた。シワだらけの顔に不似合いなガラス玉の瞳が時折瞼の隙間から見え隠れする。特徴的な水色の瞳は、私の記憶を引き出した。
「この男がエルトンだと思う。それに、私のことをオフィリアお嬢様と呼んでいた」
「ええ、へへ、聞き間違いですよぉ」
エルトンは左右の肩を交互に揺らして、舌を出しながら言った。エドワードはそれを気に掛けず、オッグ男爵に向き直る。
「男爵、この男はいつからここへ?」
「少々お待ちください。今、雇用契約書を持ってこさせております」
ちょうどよく扉が開いて、家令らしき男がオッグ男爵に綴りを渡した。オッグ男爵はそれをぱらぱらとめくると、あるページで指を止めた。
「ありました。……六年前の今より少し暖かい時期に屋敷の近くで倒れていたのを、使用人が見つけたようです」
六年前。父母の事故と重なる。
「この男を見つけた使用人は?」
「掃除夫でございます」
家令が答える。別荘の人事はこの男が担っているのだろう。
「男は意識がなかったため、そのまま屋敷に引き入れ看病いたしました。目が冷めた時、この男は自分には記憶がないのだと申しておりました。近くには傷だらけの馬も倒れていたため、大方暴れ馬に蹴られ頭をやったのだろうと」
「その馬は今……!」
前のめりで聞くと、家令は少しだけ表情を緩めた。
「無事命を繋ぎ止めることができました。馬車を引くことはできなくなりましたが、種馬として役目を果たしております」
生きていた。であれば、ハリディ家にある馬の管理簿と見合わせることで、その馬があの日馬車を引いていた馬であるかを照合できる。
「……失礼。話を続けて」
家令は頷き続けた。
「記憶もなく傷だらけのこの男のことを哀れに思い、この屋敷で引き取ることにしたのです。『エリオット』はその時にこちらでつけた名前です」
私の心臓は静かに、けれど大きく鳴っていた。父母の事故に関わる重大な証拠が目の前にあるのだ。
「エルトン」
エルトンの方へ顔を向ける。息が上がって、うまく呼吸ができなかった。それでも、整うまで待ってなんていられない。
「あの日、何があったのか、話してくれないかしら」
震える私とは対照的に、エルトンは相変わらずへらりと笑った。
「へへぇ、あたくしには、なんのことやら」
「ふざけている場合じゃないのよ」
つい、語調が強くなる。
それが良くなかったのだろう。エルトンの顔からはすうっと表情が消えていった。先程までのへらりとした笑顔が偽りだったように面影もなくなる。
エルトンは落ち着いた声ではっきりと言った。
「そこの男が言っていたじゃあありませんか。ご婦人、あたくしはここに来るまでの記憶がないのです」
「……私のことを、覚えていたじゃない」
「はて、なんのことでございましょ」
怒りで体が震えた。机を叩きつけたくなるのを必死に抑える。なぜこの男は、白を切れるのだ。人の命の話をしているというのに!
「何を気にしている」
それまで黙っていたエドワードがため息混じりに言った。私は反射的に彼の方を向く。彼の目には軽蔑の色が滲んでいた。
「その様子では事故を画策した者への忠義や脅迫に屈しているわけではあるまい。大方、ハリディ夫妻への裏切りを罰せられることを恐れているのか、もしくはここを解雇されることを気にしているのか」
そうか。この男は私の両親の事故に加害者として加担しているのか。だから、話せば罰せられること、延いては雇用主であるオッグ男爵に解雇を言い渡され職を失うことを恐れている。
「はあ、まあ、あたくしは存じ上げませんが、そういうこともございましょうね」
「であれば、お前の安全は保障しよう」
誤魔化し続けるエルトンに、エドワードは毅然と言った。
「この屋敷で解雇されたとしても、私の元で雇用しよう。また、この件に関してお前が何をしていたとしても、包み隠さず話せば罪を問うことはしない」
エルトンは顔を傾けて、エドワードを値踏みするようにじろりと目玉を動かした。そうして数秒後、その顔をだらしなくにやつかせた。
「本当に怒りませんかぁ?」
――そうしてエルトンは、あの日起こったことについて話し出した。




