97. 事故現場
最後の補給地で侍女たちと馬車を分け、私は一人事故現場に向かっていた。
事故現場に近づくにつれて道が荒れていくのがわかった。所々落ちている石が馬車を揺らす。六年前、父母を乗せた馬車もこの道を通ったはずだ。父母はこの道を通ることを知っていたのだろうか。馬車が揺れる度に、頭の中に不安そうな父母の顔が浮かんだ。
しばらくするとガタンと大きく揺れて馬車が止まった。扉が開いて、先に到着していたエドワードが手を差し出す。彼のエスコートで馬車を降りる。まだ昼間だというのに、外は無造作に茂る木々で陰っていた。
「顔色が悪い」
エドワードに言われはっとする。私の額には脂汗が浮いていた。体の表面がひやりと冷たい。
「少し休んでからにしようか」
「……大丈夫よ。行きましょう」
私は震えながらも答えた。エドワードはそれ以上説得することもなかった。
報告書によると、事故現場はここから数分歩いたところだ。私たちは周囲を調べながらゆっくりと事故現場に向かっていく。
「これだけ木々が多ければ、刺客が潜める場所は多いだろう」
「……そうね」
私は狩猟大会でカーティス王子を狙った刺客と対峙したときのことを思い出していた。木々の隙間でぎらりと光る矢じり。姿は見えないのに突き刺さる気配。息をした瞬間に体を貫かれるのではないかという恐怖。
「ここだ」
エドワードが立ち止まった。私はつられて足を止める。靴の裏と石が擦れてじゃり、という嫌な音が響いた。
――ここが、父母が事故にあった場所。
エドワードが部下たちに指示を出すと、部下たちは散り散りになり調査を始めた。道の状況を確認する者。馬車が雪崩落ちた斜面の下に降りる者。逆側の木々を調べる者。皆、見逃しがないように声を掛け合っている。
私はその場に屈み込んで地面に触れた。この場所で父母の乗った馬車が横転した。
六年も前の事故だ。地面に車輪の跡が残っているわけでもない。それなのに形のない何かがそこに残っている気がして、ぞくりと寒気が走る。お父様とお母様は死の間際、何を考えていたのだろう。
「オフィリア」
エドワードに呼ばれ顔を上げる。
「俺は森に入ろうと思う。君も来るか」
「……ええ」
彼に支えられながら、馬車が雪崩落ちたとされる斜面を降りていく。大した傾斜でもない。けれど、馬車の事故であれば別だ。横転し、馬車の外に投げ出された父母。二人の上に遅れて落ちてくる馬車。逃げることもできず、押し潰される二人。
報告書を頼りに森を進んでいく。鳥たちの劈くような鳴き声が私の不安を増幅させる。今に私も化け物みたいなこの森に飲み込まれてしまうのではないだろうか。そんな想像が頭を過ぎった。
「御者の遺体が見つかったのはこのあたりだ」
私は報告書を読み直して頷く。
事故現場から十分ほど離れたところだ。ここでハリディ家で支給しているコートを着た男の遺体が見つかった。遺体は損壊が激しく、馬に引きずられたのだろうと推測されている。
「……随分遠くまで引きずられたのね」
「ああ」
地面には木の根が露出しており、それだけでなく朽ちた木々の破片や大小様々な石が落ちている。よりにもよってこんな場所で暴れ馬に引きずられてしまうなんて。皮膚が裂け、内臓が殴打され、それでも馬は止まることなく、地獄を見ながら死んでいったのだろう。
御者のエルトンは父母を売ったのかもしれない。それでも彼の残酷な最期を思って、私は手を合わせた。
「馬は見つかっていないのでしょう」
私はエドワードに向き直る。
「ああ。血痕は見つかっているが、森の途中で途切れている。付近にそれらしい死体は見つかっていない」
「案外、森の中で強く生きているのかもね」
私は想像する。まさに今、私たちの目の前に生き延びた馬が出てきて、事故のすべてを証言してくれるのだ。あの日、ランドルフの放った矢が私を貫いたのですよ。ええ、ここに証拠の矢もあります。……子どもじみた妄想だ。
それからも私たちは森の中を歩き回った。元から薄暗かった森は闇が侵食するように光をなくしていく。夕時を知らせる鳥が鳴き始めると、エドワードの元に部下たちが次々に報告に現れた。そのどれもが、期待していたような内容ではなかった。六年という月日の長さを思い知らされる。
エドワードが慰めるように私の肩に手を置いた。
「日が暮れる前に戻ろう」
それはこの調査が徒労のまま終わることを表していた。
私は不甲斐なさから声も出せず、ただ頷いた。




