79. 侍女教育 1
私は黙って彼女の話を聞いていた。今まで断片的に知っていた彼女の過去が繋がっていくある種の気持ちのよさと、それを簡単に塗りつぶす壮絶さが胸の中で混ざりあう。
シャーロットは私が何も言わないことを気にしたのだろう。左目の下をぴくりと動かして、鼻で笑った。
「もしかして、酷い娘だなと思っていますか? それでもあなたを産んだご両親でしょう、なんて」
いやに攻撃的な言い方だと思った。言葉の裏から、あなたには分からないんでしょうね、とでも聞こえてくるようだ。いつだって優しかった彼女らしくない態度は、不快よりもむしろ違和感の方が強くて、ああ、きっと彼女は傷ついているのだなと思った。傷ついていて、これ以上傷つかないように自分を守ろうとしているのだ。
「そんなこと、思わないわ」
喉の奥がぎゅっと絞まった。誤魔化すように、口元を隠して彼女から目を逸らす。
「酷い人たちから生まれたとしても、あなたみたいな優しい人に育つこともあるのね」
私が両親に甘やかされて好きなように生きていた時、彼女はリオデアラの人たちを精一杯に守ってきたのだ。優しくて、強い人。
「公妃様ぁ……」
シャーロットはベッドの淵、私の隣に座って、甘えるように身を寄せてきた。彼女の方が背が高いから、私の頭に彼女の頬が押し付けられる。
「私、嫌な言い方しましたよね。すごく、嫌な言い方を」
「そうだったかしら。覚えていないわ」
「嘘だぁ」
へへっと笑ったシャーロットから鼻を啜る音が聞こえた。私は何も言わず、体の左側から温もりと少しの震えを感じていた。
その時、ノックの音が鳴った。シャーロットはすぐに体を起こして立ち上がる。私の方を向き、自分は大丈夫だと頷いたので、私は返事をした。
扉が開く。入ってきたのは、五人の侍女だった。ハリエットが代表して言う。
「奥様、失礼いたします。お時間をいただいても宜しいでしょうか」
ああ、しまったと思った。彼女たちのことをすっかり忘れていた。丸二日間だろうか。二日間、考えるべきことが多すぎて、彼女たちを放っておいてしまった。
私はシャーロットに席を外してもらうよう目くばせをした。シャーロットはいつもの茶目っ気を取り戻していて、この場に残りたそうに目を輝かせたけれど、私が首を振るとしぶしぶ部屋から出て行った。
「ごめんなさい。あなたたちと話す時間を取れなかったわ」
私は侍女たちに向き直って言った。
侍女たちは、いえ、とか、あの、とか、それぞれもごもごと何か口籠っていたけれど、ついにはエセルが口を開いた。
「奥様。先日は無礼を働き、申し訳ございませんでした」
申し訳ありませんでした、と、他の子たちがあとに続く。皆深く頭を下げるから、私の前には五つのつむじが綺麗に並んだ。
濃淡様々な髪色のうずまきを眺めながら、正直、少し、面倒だと思う。
要らぬ企みをしたことは彼女たちの言う通り無礼なのだろう。それでも私は、二日経ったというのも理由の一つかもしれないけれど、結局エドワードとの関係もうまくまとまったのだからいいじゃないかと思ってしまう。優しさや大らかさからではない。人に対して何か指導をするということが、ひどく苦手なのだ。
けれど、それではいけないのだろうとも思う。
「頭を上げて」
私が言うと、五人のつむじが引っ込んで、代わりに泣きそうな顔が並んだ。胸が痛くなる。けれど、彼女たちの教育をするのが私の仕事だ。
胸の痛みを飲み込む。恐ろしさで委縮させないよう、それでも決して侮られぬよう、喉を広げて声を出す。
「私はあなたたちに対して怒りはしない。罰を与えようとも思わない。ただ、あなたたちが今後同じような失敗をしないよう、何故あのようなことをしたのかを知らなければならないの。だから、正直に答えてほしい。どうしてあんなことをしようと思ったの?」
一人ひとりと顔を合わせる。まっすぐ見つめ返す者もいたし、まだ怯えている者もいた。デイジーと目が合うと、デイジーは、あ、と口を開いて、すぐに閉じた。私ができるだけ柔らかく「デイジー、答えられる?」と聞くと、デイジーは一層強く唇を噛んだあと、小さく答えた。
「舞台を、見たんです」
「舞台?」
聞き返すと、デイジーはさきほどよりはっきりと答える。
「『賢女エリーゼ、あるいは恋の薬は理知』です」
少し前に上演されていた喜劇の題名だ。
伯爵家の娘であるエリーゼが王妃陛下の侍女として宮廷に仕える中、持ち前の機転で国王夫妻の不仲を改善させる、という内容で、私も一度見にいったことがある。
「……そう、分かったわ」
つまり、彼女たちはその舞台を思い出して、同じように私とエドワードの仲を取り持とうとしたのだろう。短絡的で、かわいらしくさえ思える。
「ここにいる全員が賛成したのかしら」
五人はまた、黙り込む。けれど、デイジーの視線だけがエセルに向かう。なんとも分かりやすい。
「エセル。あなたは賛成したの?」
エセルは間を空けず答える。
「始めは反対しました」
「私が声を掛けるまで言い出さなかったのはどうしてかしら」
「最後は賛成をしたので、私だけ罰を逃れるのは卑怯だと思ったからです」
責任感が強いのだろう。個人的には好ましいとは思うけれど、この場では隠される方が面倒だ。
「もう一度言うわね。私はあなたたちに罰を与えるつもりはないの。今だって叱ってるのではなく、状況を把握したいだけ」
言いながら、五人並んで立たせている状況では信じるのも難しいか、とも思う。
「……紅茶とクッキーを用意して。テラスに行きましょう」
私は立ち上がって、テラスに向かった。




