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67. 侍女

 アンカーソン伯爵の妹君は東方の国に嫁いだそうだ。その影響かアンカーソン家のパーティ会場はどこか異国情緒が漂っている。

 例えば今、入場してすぐ目に入るこのテーブルクロス。一見王国好みのシンプルなものに見えるけれど、裾には青と金の糸で東方らしい幾何学的な刺繍がされている。それでも浮くことなくうまく馴染んでいるから不思議だ。


 ――私は会場の装飾に意識を向けることで、居心地の悪さを意識の外に追い出そうとしていた。


 グレイ公爵家との繋がりの深いアンカーソン家主催のパーティに、エドワードと二人で参加している。公爵夫人として当然すべき社交ではあるのだけれど、なにせ初めてのことだから、どうもそわそわしてしまう。


 それに、周りの人の反応も気になった。聞こえるように噂話をする人はいないけれど、向けられた視線が気になってしまう。

 あら、どうして今さらになって夫人を連れてきたのかしら。あの裏切り者のオフィリア・ランドルフを?


 私だってどうしてって思うわよ。

 勝手な妄想に、勝手な反論をする。仕方ないじゃない、私につける侍女候補との顔合わせを、ここでするって言われたんだから。


 侍女なんて言ってみたけれど、つまりは私の見張り役だ。そんなもの私の同意なしに決めてしまえばいいのに、エドワードは最終決定は私に任せると言った。


 随分律儀だと思ったけれど、もしかすると侍女の顔合わせは口実で、ここに連れてくること自体が目的だったのかもしれない。グレイ公爵家と懇意にしている家門に、大々的に私の顔を触れ回る。この女がおかしな行動をしていたら報告をするように、……なんてね。


 考えを巡らせていると、ふと、エドワードが足を止めた。


「アンカーソン伯爵閣下」


 本日の主催者であるアンカーソン伯爵夫妻がこちらへ向かっていた。私達は揃って、伯爵夫妻に礼をする。


「本日はお招きいただきありがとうございます」

「公爵閣下! よくいらしてくださいました。夫人にご挨拶差し上げるのは初めてですね」

「オフィリア・グレイでございます。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」


 身構えていたものの、アンカーソン夫妻は私にも好意的に笑いかけた。


 狩猟大会の時も感じたのだけれど、グレイ公爵家周辺の貴族たちは、内心はどうであれ、少なくとも私に直接嫌味を言うようなことはしないようだ。


 そもそも彼らは、先の戦争で王室がグレイ公爵家を見捨てる中、鉱山の発見を知り次第いち早く支援を決めた家門なのだ。戦争支援ができるほど領地が栄えていて、王室から睨まれることを気にしない程度に力があり、損得の判断も早い。そういう人たちにとって、私の存在やエドワードとの確執はわざわざ興味本位で引っ掻き回したいことでもないのかもしれない。


 幾つかお決まりの挨拶を交わしたあと、夫人はパーティ会場の奥にある歓談スペースに視線をやった。


「娘も夫人にお会いできるのを楽しみにしていたのですよ。さあ、こちらへ」


 エドワードの方をちらりと見る。私と一緒に来るものだと思っていたのだけれど、エドワードはただ頷いて、すぐアンカーソン伯爵との会話に戻った。

 本当に私だけに任せるつもりなのね。私は黙って夫人のあとをついていく。


 会場の隅、落ち着いて話せる歓談スペースには二人のご令嬢がソファに座っていた。夫人と私が近づいたことに気付くと二人は立ち上がり丁寧な礼をする。

 伯爵夫人が紹介した。


「娘のエセルと、セラーズ伯爵家のハリエット嬢ですわ」


 エセル・アンカーソン嬢は確か、アンカーソン伯爵家の末娘だっただろうか。エセル嬢は夫人によく似た栗色の瞳をこちらに向けて、「公爵夫人にお目に掛かれて光栄に存じます」と言った。社交界デビューをしたばかりのはずのエセル嬢の挨拶は十分に淑女で、私は普段過ごしているあの三人の令嬢を思い出して少しおかしく思った。


「オフィリア・グレイと申します。私もお会いできて嬉しいですわ、エセル嬢」


 そうしてもう一人、ハリエット嬢に視線を移す。


「お久しぶりですね、ハリエット嬢」

「公爵夫人、お久しぶりです……! 先日の展示会ではお付き合いいただきありがとうございました」

「お二人は面識がおありで?」


 私はアンカーソン伯爵夫人に向き直った。


「以前、マダム・エイダの展示会にご一緒させていただきまして」

「あら、夫人の仕業でしたの。ある時期からハリエット嬢の身だしなみが洗練されたと評判になっていたのですよ」


 アンカーソン伯爵夫人はそれから二、三言話したあと、「あとは三人で」と席を外した。


 私たちはソファに腰を下ろし、軽い雑談を始める。社交界でお決まりの、相手の知識や教養を探るための会話だ。

 二人は私の話に適切な返しをしながらも、ふと間が開けば時期にあった話題を提供することができていて、きちんと教育を受けた令嬢が数か月の間真面目に社交をしてきたのだと分かり、好ましく思った。

 これから私を監視する人たちだとしても、嫌味で意地悪な人よりは素直で礼儀正しい人がいい。


 数十分程度の時間だったけれど、私は彼女たちが侍女候補として選ばれたことに安堵した。


 ***


 侍女候補との顔合わせを終えると、私は一人庭園へ向かった。人いきれに疲れてしまったのだ。


 クロークで羽織りものを借りて庭園に出る。運が良かったのか庭園には人がおらず、噴水近くの長椅子に腰を下ろした。

 パーティ会場でかかる音楽が遠く聞こえる。私だけ別世界にいるみたいで、それが妙に心地よかった。


 冷たい風が頬を冷ます。夜空を見上げると小さな星々が控えめに、けれど美しく輝いていた。

 息を吐く。白くくゆれば美しいと思ったのだけれど、まだそこまでは寒くないらしい。


 ふと、枯れ葉の潰れる音がした。誰かが休みに来たのだろうか。ぼんやりしていると、後ろから声が聞こえた。


「パーティーは退屈でしたか、マダム?」


 急いで振り返る。慌てたせいか、首が鈍い音を立てた。左手で首を押さえながら、声の主の姿を探す。どこ? どこにもいない。うそ、冗談はやめてよ。


 文句を言い出す直前に、もう一度枯葉の音がした。それを合図にして、木々の間から黒猫のような男が顔を出した。

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