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56. 私のことが嫌いなら

※本エピソードにはR-15表現が含まれます。

 馬車が揺れる。胃袋が揺すられて、吐き気がする。えずいても、空っぽの胃からは何もでない。


 とにかく気持ちが悪かった。

 気を逸らすために頭を振ると、私を抱えたエドワードの胸に頬が擦れる快感が混ざって、余計に気持ち悪くなった。


 屋敷に着いたのか、振動が止まった。エドワードは私を抱えたまま馬車を降りた。エドワードが一歩踏み出す度に、布が体に擦れた。

 私はこれ以上どんな感覚もほしくなくて、必死でエドワードにしがみついた。


 部屋に着いたのだろう。尻に柔らかいものが触れ、ベッドに下ろされたのだと分かった。

 エドワードの手が、彼にしがみついていた私の手を外すように指先に触れる。いやだ、離れないで。気持ちが悪いの。一人にしないで。

 抵抗しようとするけれど、ただでさえ力のない私の指は簡単に外れてしまう。


「……すぐに戻るから」


 いやだ。行かないでよ。戻ってきてくれたことなんてないくせに。


 ベッドにうずくまり、シーツを握りしめる。

 一人になると、今まで息をひそめていた熱が一層私を苦しめた。熱い。息が上がって苦しい。目の奥が熱くて痛い。瞼を閉じると、汗と涙が混ざって、ぼとりと落ちる。


 ああ、いやだ。やだ。もう、いやだ。助けて。

 戻ってこないエドワードに、何度も助けを求める。苦しい、いやだ。助けてよ、エドワード。


「……オフィリア」


 耳元で私を呼ぶ声がして、私は息を止めた。声のした方に顔を向けると、乱れ落ちた髪の隙間からエドワードが私に手を伸ばしているのが見えた。


 嘘だ。エドワードが戻ってくるわけない。私の幻覚だ。都合のいい幻覚。もう何度だって見てるんだ。嫌になる。一緒にいてくれないくせに、忘れさせてもくれない。


 幻覚を消したくて、頭を振った。いやだ、いやだ。早く消えてよ。腕を振って、幻覚を叩こうとする。力が入らなくて、ベッドにどさりと落ちる。


 エドワードの幻覚は何かを呟いて、私の腕を掴んだ。すぐに快感が体を駆け上がり、首に、背中に走る。口を噤む力も残っておらず、私の口からは端ない声が漏れた。


 少しの間、意識が途切れた。気がついたときには私の体はエドワードにしなだれかかっていた。

 妙に感覚の鋭くなった鼓膜に、エドワードの心臓の音が響いた。少しだけ残った理性が、私を支えているエドワードは幻覚ではないと告げる。胸がいっぱいになって、涙が溢れた。


 エドワードは私の口元に何か冷たいものを押し付けた。


「水だ。飲め」


 そうして口内に冷たい液体が流れ込んでくると、私は反射でえずき、顔を背けた。首に、胸に、水がかかる。気持ちが悪い。もう、水なんて飲みたくない。


「嫌じゃない、ほら」


 今度は口内にエドワードの指が入ってきた。無理やりに口を開けられ、水を流し込まれる。

 喉がぎゅっと閉まった。飲み込むことができなくて、全部吐き出した。それでも気管に水が入って、咳き込む。


 うあ、あ。気持ちが悪い。苦しい。

 胃が痙攣して、咳の間にえずきが混ざる。苦しい、熱い。


「オフィリア、お願いだ。我慢してくれ」


 いやだ、もう、我慢できない。

 なんで私がこんな目に遭わないといけないの。もう嫌だ、やだ、助けて。気持ちが悪いの。やだよ、もう。


 目元を何かが這うような感覚がした。体がぶるりと震えた。快感から逃れたくて、腕を振った。何かがぶつかって、ごとりと音が鳴った。


 息が苦しい。口からだらりと舌が出て、何かを求める。

 瞼や、唇や、耳たぶや、皮膚の薄いところが全部熱くて、痛かった。


 はあ、と、息を吐く音が聞こえた。

 音のした方に顎を上げる。後頭部が擦れて、また嫌な声が出た。苦しい。苦しくて、涙が出た。瞬きをすると、目尻から涙が落ちて、代わりにエドワードの泣きそうな顔が見えた。


「……あの男の方がよかったか」


 なん、なんで。なんで、そんなこと言うの。あの男って、誰。いやだ、もう、嫌い。嫌い。なんでいつも、そうやって、私のことを責めるの。いやだ、私、何も悪いことしてないのに。私、エドワードしか、しらないのに。


 息ができない。苦しい、苦しい。

 もがいても、もがいても、ずっと苦しかった。ずっと、苦しかった。


 喉から笛みたいな音が鳴った。苦しくて、息を吸うと、もっと苦しくなった。


 エドワードの手が口元を覆った。こわくなって、頭を振った。もう、いやだった。もう、このまま苦しんで、死にたくなった。

 エドワードなんて、もう、どうでもいい。私のことが嫌いなら、放っておいてよ。


 どさりと、体が倒れた。息が止まって、一瞬だけ、意識が現実に戻った。私に覆い被さるエドワードの顔は、苦痛に歪んでいた。私の視界はすぐに滲んで、何も見えなくなった。


「嫌いになれるわけ、ないだろう……」


 そう、聞こえた。すぐに、唇に何かが触れた。

 痺れるような甘さが私の体中を走り抜ける。強い快感に溺れながら、私はこれを知っている、と思った。懐かしくて優しかった、誰かの唇。


 気持ちが良くて、声が漏れた。開いた唇から、ざらりとした舌が侵入する。冷たくて、気持ちがいい。それ以外、何も考えられなくなる。


 唇はすぐに私から離れた。

 それだけで、私はまた苦しくなる。もっとほしい。早く、助けてほしい。


 エドワードが何かを呟いた。私は理解をしないままに頷いた。もう一度、柔らかなものが私の唇を塞いだ。なぜだか、涙が溢れた。


 苦しくて、苦しくて。私はただ、与えられる快楽を受け入れるように目を閉じた。

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