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29. 味方

「お二人は、幼なじみ……だったんですよね?」


 私はまた、少し不機嫌になる。

 エドワードとの過去を探られるのはあまり気持ちのいいものではない。――今の状況が、余計哀れになるから。


「庭師もお二人が今のような関係になった理由は知らないと言うし、公爵様もあの見張りもお二人について何も教えてくれないので、こうなったらもう、公妃様に直接聞こう! と思って、先日からこうして話しかけているのです」

「それを知ってどうしたいのよ」


 もし賤しい好奇心なら放っておいてほしい。苛立つ私にシャーロットは無邪気に言い放った。


「少しでもお力になれるかな、と」


 一体、なんの力になるというのだろう。


「お二人の事情が分かれば、取り持つこともできないわけではないのではと、思ったのです」

「……必要ないわ」

「どうしてですか? 仲直りしたくないんですか?」

「興味ありません」


 語調が強くなっていくのが自分でも分かった。

 私はエドワードから逃げると決めたのだ。今さら彼と向き合う気なんてない。そんなお節介、してほしくない。


「まあ、いいです。でしたら余計なことはしませんが」


 シャーロットもこれ以上踏み込むことが得策ではないと思ったのか、すぐに身を引いた。代わりにまた人懐っこい笑顔を浮かべて、甘えるように首を傾げた。


「公妃様。余計なことはもうやめますが、それでも私は公妃様の味方だってことは知っておいてくださいね」


 味方。味方というなら、一体彼女は誰を敵だと思っているのだろう。それに彼女のやっていることは、どうも納得できない。


 私の疑問は素直に声になった。


「どうしてあなたが私の味方なの? あなたは、……エドワードを好きだと言っていたでしょう?」


 馬車での会話を私は覚えている。彼女は確かに、エドワードを好きだと言っていたはずなのに。


 シャーロットは少しだけ考えて、すぐに思い出したのだろう。ああ、とひとりごとを呟いて、なんでもないという風に言った。


「公爵様のことも好きですが、それでも今は公妃様の方が好きですね」

「……どういうことかしら、それ」

「え? ああっ、変な意味じゃないですよ! えっと、つまり……」


 どう説明すべきか悩んでいるのだろう。シャーロットは斜め上に視線をやって、何度か眉を寄せ、そうしてついに諦めたように息を吐いた。


「……公妃様の方が先だったじゃないですか。公妃様が私のことを好きになったから、私も好きになっちゃったんですよ」


 彼女の言葉に、どきりと胸が鳴った。


 私が夫の愛人を――少なくとも先日までは愛人だと思っていた人のことを、好き? 傲慢にも程がある。どれだけ自信家で、恥知らずなんだ。全く、理解に苦しむ。


 頭の中で否定する言葉がいくつか浮かんだけれど、どれも私の本心ではなかった。むしろ、否定すればするほど、その稚拙な暴言から隠れた本心が滲み出る。

 結局私は観念して認めるしかなかった。


「……そうね。私は初めて会った時から、あなたのことが好きだったのだと思う」


 言葉にすると、案外すぐに諦めがついた。

 私はあの日、エドワードが私に紹介したあの日からもう、この女に惹かれてしまっていた。


 魔法みたいな不思議な色をした髪色。意志の強そうなアメジストの瞳。骨の目立つ、引き締まった体。私と真逆のタイプ。

 美しい彼女がハスキーな声で話す言葉はだけど妙に懐っこくて、ああ、――好きだな、と。夫の愛人でさえなければ、友人になりたかったと、そう、思ってしまった。


「同じですよ」


 シャーロットの声は穏やかだった。


「私も、公妃様と同じ。好きだから味方をするんです」


 好きだから、味方をする。それは無礼を働いた贖罪だとか、賤しい好奇心だとかよりも、よっぽど信じられる気がした。


「なーんて、偉そうに言っておきながら、私には言えないことも出来ないことも多いのですけれど」

「……いいわよ、別に、変に頑張っていただかなくても」

「そんな、寂しいことを言わないでください」


 わざとらしく落ち込んだ振りをするシャーロットを見て、やっぱり私は彼女といると毒気が抜かれてしまうのだと思った。話していると、自然と心が晴れる。


 そう思いながら私は彼女をあしらうように顎を上げた。


「ほら、話は終わったでしょう。もう戻りなさい」

「えっ、もう少し話しましょうよ!」

「あのね、訓練をしているわけでもないのに森の中にいるのは危険なの。もし怪我をしても、社交場を離れて森の中に入った方が悪いって言われてしまうのよ」

「……それは、仰るとおりです」


 シャーロットは納得して頷いた。


「公妃様は戻られないのですか? 一緒に戻りましょうよ」

「嫌よ。あなたと一緒に森を出るところを見られたら、周りになんと言われるか」

「ふふ、正妻と愛人が仲良しだって見せてやりましょうよ」

「誰に、なんのためによ。ほら、早く戻りなさい」

「はーい」


 冗談を言うシャーロットを嗜めて、私は彼女を見送った。


 彼女の後ろ姿が見えなくなってから、ふうっと息をつく。

 なんだか妙な時間だった。だけど、気分は悪くない。


 彼女のことを信じてもいいのだろうか。また何か騙されて、利用されてしまうのではないか。そう思わないわけでもない。一方で、別に大したことでもないとも思う。彼女に騙されていたとしても、何か決定的に危害を加えられる状況が思い浮かばない。


 みしり、みしり。草の音が響く。

 どこかで鳥が鳴く声。土の匂い。こんなに穏やかな時間を過ごすのは久しぶりかもしれない。意図したものではなかったけれど、せっかくできた一人の時間だ。暫し自然を楽しむこととしましょうか。


 そう思った時、森の奥から不自然な音がした。

 私は咄嗟に体を固める。野生動物であれば大声を出せば逃げるだろうが、もしそうやって威嚇したのに出てきたのが人であれば、少し恥ずかしい。どうせ大型動物ではないだろう。緊張したまま物陰を注視していると、音の主はすぐに姿を現した。


 よく筋肉の張った胴と太い首を持つ立派な馬。その上に跨る、ブロンドの王子様。

 カーティス王子は私に気がつくと、冷たく目を細めた。


 ああ、せっかくいい気分だったのに。

 私は儀礼的に礼をする。早くこの場を去ろう。そう思って、踵を返した。


「待って」


 引き留める声に足を止める。

 今さらなんの話があると言うのだろう。半身だけ振り返ると、私を呼び止めたカーティス王子は先ほどと変わらぬ、だけど少しだけ眉を寄せて私を見下ろしていた。

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