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23. 追憶 2

 その日のことはよく覚えている。

 私はいつも通りお父様とお母様と三人でのんびりと朝食をとっていた。パンにジャムを塗りながら他愛もない話で笑っていると、伝令を持った騎士が興奮した様子でお父様に駆け寄った。


「旦那様、グレイ公爵領が……!」


 ただならぬ様子に、穏やかな朝の空気が一気に張り詰める。

 その伝令は、隣国からグレイ公爵領への突然の襲撃を知らせるものだった。


 予告も予兆もない、一方的な侵略。

 伝令を受け取ったお父様はすぐに応援を出したけれど、ハリディ男爵家は裕福でも、強い軍隊を持っていたわけでもない。私たちのできることは、ほとんどなかった。


 エドワードの父親、当時のグレイ公爵は開戦後すぐにブリジア王国に援軍を要請した。

 当時、グレイ公爵領はシェルヴァ公国の名を称し独立した権限を持ちながらも、ブリジア王国に臣従していた。謂わば、王国の一部だった。

 "ブリジア王国の公爵領"が隣国から突然攻め入られたのだ。グレイ公爵は、もちろん王国は助けてくれるだろうと期待していた。


 それなのにブリジア王国は、シェルヴァ公国は独立国であるため王国は戦争に介入することはできないと突き放した。ブリジア王国はシェルヴァ公国が勝利する見込みがないと考えていたのだろう。シェルヴァ公国を支援するよりも、シェルヴァ公国を明け渡すことによる隣国との関係継続を選んだのだ。


 王国の援助が受けられない状況で、この戦争はすぐにシェルヴァ公国が負けて終わるだろうと、誰もが考えていた。


 しかし、戦況は一変する。

 戦争開始直後にシェルヴァ公国内で鉱山が発見され、武器や資金を調達できる兆しが見えたのだった。


 ――戦後に明らかにされたことであったが、隣国はいち早く鉱山の存在に気付き、シェルヴァ公国とブリジア王国がその存在を知る前に手に入れようと戦争を仕掛けたのだった。


「グレイ公爵を助けられるかもしれない」


 お父様が興奮したように言っていた。

 鉱山のおかげで交渉材料ができた今、ブリジア王国の貴族たちに、グレイ公爵のために力を貸してくれと呼びかけることはできるかもしれないと。


「大丈夫だ。父様は権力はないが、その代わりにいい友人はたくさんいる。精一杯お願いをすれば、きっと力になってくれるはずさ」


 お父様はそう言って、不安がる私の頭を撫でた。


 実際、父の交渉のお陰で少しずつ力を貸してくれる人たちは増えていった。

 社交界に出る前の私は交渉に出向くことはできなかったけれど、両親がシェルヴァ公国のために動ける時間をつくるため、両親に代わって領地の仕事をこなした。

 自分の無力さを歯痒く思っていたが、自分のやるべきことをやることが間接的にエドワードのためになるのだと、自分に言い聞かせていた。


 ***


 戦争が始まって二年が経った。

 その頃には、戦況はどちらに転ぶか分からないと言われる程持ち直しを見せていた。


「国王陛下にもう一度、支援を頼もうと思うんだ。時間はかかるかもしれないが、きっと取り付けてくる。領地のことは頼んだよ」


 お父様はそう言って、お母様と二人で首都へ向かった。

 私はお父様の言葉を信じて、来る日も来る日も領地で一人祈りを捧げていた。どうか、交渉がうまくいって、いい話が持ち帰られますようにと。


 ――数日後、私の元に届いたのは支援の約束ではなく、両親の遺体だった。


 泥だらけでボロボロになった二人は、首都へ向かう途中に『不運な事故』に遭ったそうだ。

 呆然とする私に、二人を送り届けにきたヴェネッサ王妃は言った。


「お二人は国王陛下を訪ねる途中で不幸な事故に遭われました。私はこの国の王妃として、せめてもの責任にあなたをランドルフ侯爵家の養子に迎えようと思います」


 綻びの一つもない憐みの表情。完璧な作り物。


 ああ、嘘だなと思った。

 私の両親を殺したのは、ランドルフ侯爵家なのだ、と。


 目的は分からなかった。

 だけどきっと、私をランドルフ侯爵家の養子にすることで何か得るものがあるのだろう。


 怒りで気が狂いそうだった。今すぐに飛びかかって、この女の美しい笑顔をズタズタにしてやろうと思った。だけど。


「もちろん、ご両親の悲願だったグレイ公爵領への支援も惜しみませんわ」


 そう言われた私に、一体何ができる。

 両親は殺されて、もういない。私に残された選択肢は、目の前の女に飛びかかって両親の後を追うか、グレイ公爵家のためだと憎しみを押し殺すか、その二択だけだ。

 私は後追いを選ぶほど、愚かにはなれなかった。


 そうして、ハリディ男爵領はランドルフ侯爵家が引き継ぎ、私はオフィリア・ランドルフとなった。


 ***


 オフィリア・ランドルフとしての生活は、ハリディ男爵領での生活とはまるで違っていた。


 首都で一から貴族としての教育を受け直し、社交界の華となるように指先の動き一つ一つまで厳しく躾けられた。

 流行りの体型になるために屋内に閉じ込められ、ペンだこのできた醜い手を治すためにカトラリー以外の物を持つことを禁止された。


 そうしてただの田舎者だった私はランドルフ侯爵家の財力で身なりを整えられ、いつの間にか社交界で羨まれるような貴婦人になっていた。


 多くの男が言い寄ってくるようになったのはこの頃からだ。

 毎日のように手紙やプレゼントが届き、私を題材にしたと歌や詩、絵画や彫刻が作られる。時には目を覆いたくなるほどのゴシップがばら撒かれたこともあった。


 若く経験の浅かった私は、自分の意思を無視される生活に傷つかなかったわけではなかったけれど、そんな些細なことよりも、行き場のない焦燥感が私を追い詰めた。


 こんなことをしている場合じゃない。エドワードは戦禍の中にいるのに、私は綺麗なドレスを着て、くだらない話で笑っている。

 罪悪感で押し潰されそうになる度に、ただ一つ、私が今ランドルフ侯爵家の言う通りにすることがグレイ公爵家の力になるのだと自分を正当化し慰めた。


 ――ブリジア王国の支援開始から二年後、戦争はシェルヴァ公国の勝利で終結した。

 戦争開始から、四年の月日が経っていた。

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