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14. ティーパーティ 1

「……エイベル」

「安心してください。王妃様はいらっしゃいませんよ。本日は王妃様の侍医ではなく、エイベル・ランドルフとして参加しております」


 エイベルは私の顔色が悪いのは王妃様を気にしているせいだと思ったのだろう。もちろんそれもあるけれど、これは彼自身に対する嫌悪感だ。


 エイベルは周りに誰もいないのに、必要以上に私に近付いて耳元で囁いた。


「例のものは届きましたか?」


 例のもの――情報屋、ヒューのことだろう。

 私はわざとらしくならないようにエイベルから離れて答える。


「ええ、助かっているわ。よくあのような伝手を持っていたわね」

「私のような職業の者は、時には流通していない薬を売買しなければならない時がありますから、あのような者たちとの付き合いもあるのですよ」


 それは医者という職業の範囲なのだろうか。彼にもらう薬をなんの躊躇いもなく服用していたことに、今更ながら気持ちが悪くなってきた。


 不快に顔を歪める私をどう解釈したのか、エイベルは嬉しそうに目を細めた。


「オフィリア様の幸せのためですから」


 微笑むその姿は、聖人という呼び名が似合っていて。


 ――オフィリア様は離婚をしたがっている、離婚さえすれば私のものになるって。


 ヒューの言葉が頭に過ぎる。

 この男に近付きすぎると、また勘違いされて厄介なことになりかねない。私は突き放すように冷たく言った。


「私はあなたに名前で呼ぶことを許可した覚えはないわ。今後は公爵夫人と呼びなさい」

「……っ、あぁ……っ!」


 エイベルは彼の身体中に真っ赤な薔薇が咲いたように、恍惚とした表情で体を震わせた。頬が赤く染まり、その目がとろんと熱をもつ。


 ゾッと、全身に鳥肌が立った。


「申し訳ございません、公爵夫人……っ」


 彼の体から咲いた花の蔓が私の身体中に巻き付くような感覚が襲った。嫌だ、気持ちが悪い、気持ちが悪い……っ!


「……失礼、します」


 上擦った声でそれだけ言うと、後ろを向いてエイベルの元を去った。人に怪しまれない程度に早足で、ひと気のない場所を探す。


 庭の奥、大きな木の下。周りに人がいないことを確認して私は小さく叫んだ。


「ヒュー!」


 名前を呼んですぐに笛を使うのを忘れてしまったことに気がつく。震える手で笛を掴んだけれど、口につける前に頭上から声がした。


「あんまり人の多いところに呼び出さないでほしいんだけど」


 ヒューは木の上から私を見下ろしていた。生い茂る葉がうまく彼の姿を隠していて、外からは見えないだろう。


「ごめんなさい、エイベルがあまりにも、気持ち悪くて、混乱して」


 私は自分の胸に手を当てて深呼吸をした。そうするとだんだんと落ち着いてきて、震えも治ってくる。


「どうしてエイベルはあんな顔をしたの……」

「頭の中は覗けないって言っただろう」


 ヒューは困ったように頬を掻いた。


「……推測だけど、そういう"プレイ"だと思ったんじゃない? あいつは、マゾヒストだろうから」


 頭から爪先までが氷に漬けられたように冷たくなった。せっかく落ち着いてきていたのに、冷えた胃が縮こまって、再び吐き気が湧き上がる。


「き、気持ち、悪くて、私……」

「……怖かったな」

「ええ、怖かったの……」


 そうだ、気持ちが悪かっただけじゃない。怖かったのだ。私に向けられる欲望が、吐き気がするほど恐ろしい。


 それでも、こうやって話を聞いてくれる人がいるだけで随分マシになった。小さくありがとうと呟くと、ヒューは相槌未満のなにかを返した。


 私は体の震えが治るまでここで休もうと、息をついた。


「公爵夫人」


 その呼びかけに、体がビクつく。

 反射で上を向くと、いつの間に去ったのだろう、ヒューの姿は見えなくなっていた。よかった、うまく隠れたようだ。私は安心して、声の主に笑顔を返す。


「オーモンド伯爵夫人」

「木に寄りかかられて、体調でも崩されたのですか?」

「少しふらついたので休ませて頂いておりましたが、美しい木々に癒されてすぐに良くなりましたわ」

「無理はなさらないでくださいね。庭園の中央にお席を準備いたしましたの。宜しければ、いらしてくださいな」


 私は断る理由もなく、彼女に誘われるがままに庭園の中央に戻った。


 男性たちはオーモンド伯爵と邸宅内に移動したらしい。準備されたテラスには女性の招待客しか残っていなかった。


 オーモンド伯爵夫人に促されるまま、彼女の隣の席に腰を下ろした。私が最後だったようで、私はすぐに夫人の方に体を向けた。


「素敵なパーティにお招きいただきありがとうございます」

「いえ、話題の公爵夫人にお越し頂いて、こちらこそ感謝をしなければなりませんわ」


 彼女の一言で空気が変わったのが分かった。談笑していた他の席の人たちまで、私たちの会話に聞き耳を立てている。

 オーモンド伯爵夫人はくすりと笑って、周りに聞かせるような声量で続けた。


「公爵夫人はお噂に尽きない方ですもの。数々の芸術家たちを虜にして、先日はイグラド王国の王子殿下まで夢中にしておりましたね。薔薇のゲートでは、……ふふ、聖人と名高いエイベル様とも逢引きされていらっしゃって」


 くすくすと笑い声が聞こえて、私は瞬時に理解した。

 私は今日、彼女たちに辱められるためにここに呼ばれたのだと。

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