101. 証拠
御者が言葉を発する度に、私は体の震えを抑えられなくなった。目の前で身振り手振りを交え話す男が得体の知れない怪物に見える。
一体、何を言っているのだ。この男は盗みを働き、雇い主の殺害に加担し、それを隠すために友人を殺して身代わりにし、そうして今までそれら全てを黙ったまま過ごしてきた。それなのに、どうしてこうも、ただ巻き込まれただけの被害者であるかのように語ることができるのだろう。
理解ができない。胃の奥が、気持ち悪い。
「この男の悪意が想定を超えていたんだろう」
エドワードの顔からは血の気が引いていた。けれどただ震える私とは違って、彼は頭を抱えながらも冷静に続ける。
「俺もそうだった。戦時中の公国に対して内乱を画策するなんて常軌を逸した悪意を想像できなかったためにランドルフを受け入れてしまった。……ランドルフもきっと、この男の悪意を想定できていなかった」
「どういう、こと」
「ランドルフはこの男が酒場で盗みを犯すことや保身のために主人を売ることは想定できても、ランドルフの計画に気づき対策を打ち、関係のない者を巻き込んで遺体を捏造してまで逃げ遂せるとは思わなかった、ということだ」
私は再度御者に視線をやった。
小柄で痩せた体をしている。長年御者として真面目に働いてきたのだろう、片側だけが日に焼けていてシミが多い。笑いジワの刻まれた顔は暴力的な男と聞いて想像する人物像とはかけ離れている。あの悍ましい話を聞いても尚、その土色の唇を歪ませながら作り話だったと言い出すのではないかと期待してしまう。
ランドルフであれば、尚更そうなのかもしれない。ランドルフは教養のない人々のことを見下していた。頭の悪い野蛮な獣。言葉を話せるだけの獣がまさか自分たちを欺き、逃げ切るとは考えられなかったのだろう。
だからこそ、六年間もこの男が見逃されていた。
「エルトン、と言ったか」
凄むエドワードに、エルトンは両の眉根を上げる。
「はあ、なんでございましょ」
「お前の罪は不問にする。その代わり、この件について今後はこちらの言う通りに動いてもらおう」
「へえ、そんなこと、お約束しましたでしょうか」
その捉えようのなさに、私はまた、鳥肌立つ。
エルトンは自分の方が立場が上であるかのように、背もたれに寄りかかり胸を広げた。
「いえね、あたくしだって、協力したいのは山々でございますが、あたくしが証言したと気づかれてしまえば命が危うくなるのではないかと恐ろしくて仕方がないのでございます。相応の保障と報酬でもなければ、あたくし声を出すこともできないかもしれません」
どこまで厭わしい男なのだ。
殴りかかりたくなるのを拳を握りしめて必死で我慢する。どれだけ厭わしい男でも、今この男を逃せば証拠が消え去ってしまう。
エドワードも同じ気持ちだったのだろう。感情を抑えるように長い息を吐いて、言った。
「……お前に危害がいかないよう配慮しよう。すべてが終われば、相応の情報料を」
エルトンはじっとりと舐め回すような視線をエドワードに向けた。そうして納得したのか、頬を緩めた。
「ええ、喜んでお手伝いさせていただきましょう」
はぁ、と力が抜けた。隣からも同じような息遣いが聞こえる。
「オッグ男爵」
エドワードに呼ばれ、蒼白のまま固まっていたオッグ男爵ががたりと体を揺らした。オッグ男爵が座り直すのを待って、エドワードは続ける。
「証言による似顔絵作成の経験がある画家に伝手はないだろうか」
「ええ、いくらかは探せるかと」
「であれば、何人か声をかけてほしい。できるだけ政治的に中立な者がいい」
「三名ほどであればすぐに手配可能でございます」
「ああ、では、頼んだ」
次にエドワードは彼の補佐官に声を掛け、法律家と記者に連絡を取るように言った。こちらは画家と違って以前からやり取りのある者たちがいるのだろう。
そうした手配がすべて終わると、エドワードは再度オッグ男爵に言った。
「男爵。すまないが、滞在期間を延長させてくれ。——ようやく掴んだ証拠だ。一気に畳み掛けよう」




