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10. 舞踏会 2

「男爵……?」


 陛下の困惑した一声は、周りで聞き耳を立てていた者たちに波のように広がり、あっという間に会場中に伝播した。

 無理もない。だって、――ブリジア王国では、男性しか爵位は持てないのだから。


「……ブレアム男爵夫人、か?」

「いえ、陛下。ブレアム男爵です。つい先日我が国で授爵いたしました」


 エドワードは大きな声で告げた。

 他国の人も多く集まるパーティで今、国王陛下が内政のもつれを大事にできないことを分かっているのだ。だからこそ注目を集め、周りに聞こえる声で決定的なことを言う。


「……エドワード・グレイ」

「ああ、ちょうどいい。ダンスの音楽が始まりましたね」


 エドワードを嗜めようとする陛下を取り合わず、シャーロットに手を差し伸べた。


「ブレアム男爵閣下、一曲いかがですか? 陛下に我々のダンスをお見せいたしましょう」

「光栄に存じます」


 エドワードはこちらを振り返ることなく、シャーロットの腰に手を回してフロアの中心に入っていった。


 陛下の話を遮り、挨拶もせず去り、加えてブリジア王国から嫁いだ私ではなく、爵位を与えた愛人とファーストダンスを踊る。

 何重にも王国を軽んじている態度だった。


 怒りに震える国王陛下の隣にいた王妃様が、私の方へ身を寄せ、囁いた。


「オフィリア、どういうことかしら」


 恐怖で肌が粟立つ。私は震えながら、弁解にもならない謝罪を返した。


「申し訳ございません。私もただの愛人だと思っておりました」

「本当に、使えない人」


 いやだ、またお仕置きをされる。

 膝が震え、それを悟られないように足に力を入れる。


 フロアの中心では、エドワードとシャーロットが体を寄せ踊っている。

 お似合いの二人。どこからともなく、くすくすと高い声が聞こえてくる。私を嘲笑っているのだ。国交のために結んだ結婚で、彼の好みの女であるはずの私が、袖にされている。


 眩暈がした。だけど今、この場を離れれば、もっと笑いものにされる。

 同じだ、どこにいても地獄だ。私は目を伏せ、これから続く屈辱に耐える覚悟をした。


「国王陛下」


 ふと聞こえた声に、私は顔を上げる。こんな状況で陛下に声を掛けるなんて、一体誰?


 視界に入ってきたのは、シャンデリアの光を反射する輝くブロンドに、全てを手に入れた富豪も欲しがるようなエメラルドの瞳を持った美しい男だった。


「……カーティス王子殿下」

「本日はご招待頂きありがたく存じます」


 国王陛下の声掛けに、男は恭しく頭を下げた。


 カーティス王子殿下。聞いたことのある名前だ。確か、イグラド王国の第二王子。パーティの冒頭の挨拶でも名前を挙げられていた気がする。


 国王陛下も、他国の王子殿下に話しかけられたのにいつまでも苛立っているわけにはいかないのだろう。カーティス王子の声掛けはその場の空気を弛緩させるのには十分だった。緊張が解け息を吐く音がいくつか重なって聞こえる。

 時機の悪い声掛けだと思っていたが、案外最も適切な立場の人間の最も適切な行動だったのかもしれない。


 カーティス王子は二、三、国王陛下と話をした後、私の方を振り返った。


「ところで、こちらのご婦人は」


 突然話題にされ、私は言葉に詰まった。すかさず王妃様が私を紹介する。


「オフィリア・グレイ公爵夫人です。私の生家であるランドルフ侯爵家の養子でございまして」

「王妃陛下の」

「お初にお目にかかります。オフィリア・グレイがご挨拶いたします」


 私はカーティス王子に礼をした。

 下がった目線に、カーティス王子の手のひらがずっと差し込まれる。ゆっくりと顔を上げると、カーティス王子は朗らかな笑顔で笑った。


「公爵夫人。もしダンスパートナーがいらっしゃらないようでしたら、一曲お付き合いいただけないでしょうか」


 ――私に、ダンスの誘い?


 頭の中に様々な疑問が浮かぶ。夫が愛人と踊っている間に私が他の男の誘いを受けるのは、正しい行動だろうか。エドワード・グレイへの報復になるのか、それとも夫婦関係が徹底的に修復不可能だと見せてしまうことになるのだろうか。そもそも、私の立場で隣国の王子殿下の誘いを断ることが出来るのだろうか。


 どうすべきか分からず王妃様の顔色を窺うと、不機嫌そうに頷かれた。誘いを受けることが正解らしい。


「……光栄にございます」


 私は戸惑いながらもカーティス王子の手に触れる。

 ちょうど一曲目が終わったところで、私たちはダンスフロアに向かって歩き出した。


 すれ違う人たちが驚いた顔で私たちを見る。相変わらず居心地が悪かったけれど、一人よりはマシなのかもしれない。


 フロアの中心に着くと、カーティス王子は私と向き合い腰に手を添えた。彼の首元から、バニラの匂いがふわりと鼻腔を掠める。――私はこの匂いを知っている。


「今夜は断らないのですね」


 数日前に見た美しい顔が、あの夜よりも上品に微笑む。私は少し不機嫌になって、彼から目を逸らした。


「ここは酒場ではございませんから」

「……ふ、仰るとおりです」


 カーティス王子――"クリス"は小さく笑った。

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