ようこそ、蒼穹学園へ
蒼穹学園。
標高2800メートルに浮かぶ巨大浮遊島“グレイヴァース空域”に築かれた、異能と魔術、科学が交錯する特級学術機関。
魔族、人外、神族の血を引く者、機械融合体、異形の力を持つ者など、あらゆる“異端”が、教育の名の下に統率される管理社会の楽園。
空を渡る列車の終着駅。
高くそびえる白亜の塔。
その上空に、青い空とは逆さまに張り付くような黒雲――
その中心で、青く燃える不死鳥が笑っていた。
◆ ◆ ◆
「入学おめでとう! 本日より、蒼穹学園の第128期が始まります!」
壇上に立つ教頭の演説に、拍手と歓声がホールを揺らす。
だが、会場の片隅――3列目右側最前席。
整った顔立ちと、透き通るような白い肌を持つ一人の少年は、拍手もせずに、その光景を冷めた目で眺めていた。
名を、**青羽 不知**という。
鮮やかな青の髪。
背中から覗く黒焦げの羽根。
首元に巻かれた、溶けかけた焼痕の鎖。
どこを切っても異質だった。
(まるでガキの見世物だな)
壇上の教師たちが笑顔で「夢」と「努力」と「希望」を語るたび、不知の口元にはわずかな皮肉が浮かぶ。
“夢”など食ったところで満たされない。
“努力”は足を引っ張る鎖になる。
“希望”こそが、最も愚かで、最も甘美な幻想だ。
拍手の中、不知の肩を小さく叩く手があった。
「なぁ、拍手ぐらいしようぜ。演説つまんねーのは同意だけどさ」
隣に座るのは、ゆるい黒髪、眠たげな目をした大柄の少年。
その名は――バク・アクジキ。
「あんま目立つと、面倒ごとになるぞ。不知、お前、まだ“蒼炎”隠してるんだろ」
「……あぁ。あんなもん、ここじゃただの異常者扱いだ。うまく使って、うまく騙す。それが俺のやり方だ」
不知が肩を竦めると、バクは欠伸を噛み殺して言った。
「俺は腹が減っただけなんだけどなぁ……。夢、喰えたら楽なんだけどさ。現実の方が、重くてうまい」
不知はその言葉に少しだけ目を細めた。
(こいつもまた、異端だ)
夢喰いなのに夢を喰えない――その代わり、記憶・感情・思想・死体・金属、なんでも食える“悪食”の化け物。
◆ ◆ ◆
入学式が終わり、寮へ向かう一行の前に、ひときわ異質な気配が立ちはだかった。
高級感のあるスーツに身を包み、まるで上級秘書のような雰囲気。
だが、その左腕は義肢。目はレンズのようにぎらつき、髪は銀白に整っている。
「はじめまして。アームズ・ディザイアよ。入学早々、異端が三体。これはもう、ビジネスの匂いしかしないわね」
「……は?」
バクがぽかんと口を開け、不知は警戒の目を向けた。
アームズは微笑みながら、名刺を差し出す。
《アームズ社・学園経済統括代理人》
「学園には通貨がないの。けれど欲望はある。物資も、人材も、知識も流れる。なら、私が価値を定義してあげる」
「へぇ……詐欺師の香りがする」
不知が鼻で笑うと、彼女は平然と受け流した。
「詐欺と商売の違いは、納得して騙されるかどうかよ。まぁ、仲良くやりましょう? どうせ――壊すんでしょ、この学園」
◆ ◆ ◆
そして、寮室。
最後に姿を現したのは、白衣に身を包んだ赤い目の少女。
肌は異常なまでに白く、微笑みが不気味なまでに整っていた。
「ふふふ、どーも。**瀬呉 藤乃**ですぅ。吸血鬼だけど、血は飲まない主義ですぅ。代わりに――内臓の構造見る方が楽しくて」
「あー……ダメだコイツ。ガチの人格破綻者だ」
バクが引きつった笑みを浮かべる中、不知とアームズはその手に抱えたノートPCと液体入り注射器に目を細めた。
「やっぱり変人しかいねーのか、このメンツ……」
「変人? 嬉しいねぇ。でもね、ただの変人じゃない。“殺せる変人”だよ?」
不知の背中に、蒼い火が一瞬だけ揺らめいた。
◆ ◆ ◆
その夜。
4人の異端は、ひとつの寮の一室に集まっていた。
誰も何も言わない。だが、その目の奥には共通の光があった。
――“この学園を壊す”という意思。
「どうせ俺たちは異端。馴染むつもりはねぇ。けど、壊すにしても段取りってもんがある」
不知が立ち上がる。
「第一段階は“仮面”。俺たちは普通の生徒として振る舞う。信頼を得て、組織に入り込み、情報を奪い、歪ませる」
「第二段階は“汚染”。生徒会、教師、生徒をじわじわと壊していく。表沙汰にせず、内部から毒する」
「第三段階で、“焰”を解き放つ」
バクがくぁ、と大きな欠伸をした。
「ま、うまいもん食えて、壊せるなら、俺はそれでいいや」
アームズが金貨を一枚、指で弾いた。
「金も情報も力も、全部集めて全部支配する。そうしてから、燃やし尽くしましょ。価値あるものだけ、私たちのものにする」
藤乃が机の上に奇妙な薬品を並べた。
「うん、細胞変質剤と精神混濁薬はすでに準備完了。まずはクラス委員長あたりで、実験してみようかな」
不知が最後に、蒼く光る炎を小さく手のひらに灯し、呟いた。
「――ようこそ、蒼穹学園。
お前の終わりは、もう始まってる」