ピエロも君には嘘をつけない
「セシリア様、またさらわれたのですか?」
王都の夜。影のように現れたクロウが、呆れたように笑う。目の前には、縛られたままのセシリアがいた。
「また助けに来てくれたのね!」
セシリアの目が輝く。クロウは溜息をつきながら、縄を解く。
「いくら公爵令嬢とはいえ、さらわれすぎだろ。」
「仕方ないじゃない!私がさらわれることで、事件が解決するのだから。それに、必ずあなたが来てくれるってわかっているし。」
クロウは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに仮面のような無表情に戻る。 「俺は王家の任務でここにいただけだ。たまたま見つけただけだ。」
「そうなの?」
「勘違いするな。」
そう言って立ち去ろうとするクロウを、セシリアは必死に引き止めた。 「待って!もう少し話して!」
「俺には任務がある。お前の相手をしている暇はない。」
冷たく言い放って、クロウは闇の中へ消えていった。セシリアはその背中を見つめながら、切なさを感じた。
クロウが去った後も、セシリアの胸は高鳴っていた。何度助けられても、あの冷たい態度は変わらない。けれど、その一瞬だけ見えた驚いた表情に、少しだけ希望を感じた。
「クロウは私のこと、どう思っているの?」
呟いた声は夜風に流され、誰の耳にも届かなかった。
ある日、セシリアは社交の一環としてサーカスを訪れる。婚約者候補が隣にいるが、興味は薄い。華やかな演技に見惚れるふりをしながら、心はクロウへの思いでいっぱいだった。
「クロウに会えるのならば、いくらでも拐われるのに。」
「次は、我が団の人気者、ピエロの登場です!」
拍手が沸き起こる中、カラフルな衣装をまとったピエロが軽やかにステージに現れる。その瞬間、ピエロの片手がステージから滑り落ちた。観客が笑う中、セシリアはふとその手を拾い上げる。
ピエロに手を返そうと、上を向いた瞬間、
「……この瞳、クロウ?」
そう思い、動きが止まった。 一瞬、ピエロの動きも止まる。仮面の下の瞳が驚きに揺れた。
「やっぱり!、クロウに違いないわ!」
セシリアは確信した。 クロウはピエロとしての笑顔にすぐに戻り、 「ありがとう」と、おどけてみせた。
終演後、婚約者候補に別れを告げて、セシリアは急いで舞台裏へと行った。こういう時に、公爵家でよかったと感じる。
ピエロの背中が見えたセシリアは、その背中に抱きついた。
「どうされましたか。お嬢さん」
セシリアは小声で。 「クロウでしょ。どうしてピエロなんてやってるの?」
「私は、ピエロですよ。お嬢さん。」
「そんな……」
教えてはくれないのね。 セシリアがショックを受けた顔を見せると、ピエロは視線を逸らした。
しかし、セシリアはすぐに笑って言った。 「ねえ、クロウ。私、あなたに会えて本当に嬉しいの。」
クロウは何も答えず、仮面の笑顔をそのままにした。
その夜、セシリアは眠れなかった。クロウの冷たい態度を思い出しながら、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「いいわ。クロウに会える場所が分かったのだもの。ピエロのクロウとも仲良くなってみせるわ。」
セシリアは決心した。
クロウはこの先、セシリアに振り回されるのだが、それはまだ、別のお話。
一応、正体は明かさないだけで、嘘はついていないつもりです。