ショートストーリ創作工房 46~50
5編のショートストーリズ。藪蚊を使ったコロナウイルス感染ワクチン接種、大学の伝統、いわなきゃ良かった、痴呆症ですから、カラスは賢い。
目次
46.サイボーグ藪蚊
47.伝統を守る
48.余計な一言
49.庭先でのドラマ
50.悪知恵を活かす
46.サイボーグ藪蚊
─園外遊び
「さあー、みんなー、こっちへ来て! 腕を出して藪の中に入れるんだよー。やってごらん」
「は~い」
「は~い」
「わ~い、楽しいなあ!」
「Aちゃん! もっと腕をぐっと入れてぇ。こういうふうに。そ~ら、きたー、きたよー。待ってましたー、大統領!」
若い女性の保育士は幼児に負けない黄色い声を上げて騒ぎます。
「せんせい! 刺されたよ。ほら、見てぇ、こんなに大き~い」
「(怒声)Bちゃん。だめでしょ。違うでしょ。刺されたじゃないよ。刺していただいた、ですよ。はい、言ってみようかぁ」
「はーい。刺していただいた!」
「はい。ありがとう!」
「ありがとう!」
「はい。いいよー」
「すげぇー。おぉー。赤く腫れてきたー」
「やったねぇ。Cちゃん。うまく刺していただいたね。もう安心だよ。みんな! 手だけじゃなくて、顔も足も刺していただくのですよー。後で、刺していただいた跡の赤点の数でチャンピオンを決めますからねぇ。いいですかー」
「はーい!」
「はーい!」
「せんせい。このTシャツと半ズボンを脱いでもいいですか」
「Hちゃん。よく考えたね。いいよー。パンツいっちょうになりなさい。体中を刺していただきなさい」
「はーい。きたきた。大群だー。プイーンプイーンって、かっこいい!」
「せんせい! 見て!」
「あらー。Dちゃん、上手に鼻の先ちょを刺していただいたねぇ。痒いけど、掻いちゃだめだぞ。我慢だぞ~」
「せんせい! わたしの耳、これ見て!」
「おぉー。Eちゃん耳たぶを刺していただいたのね。赤くなって、かわいいー、イヤリングみたいだね~」
「せんせい! ぼくなんか、これ見て」
「Gちゃん! おヘソを刺していただいたんだぁ。よかったねぇー」
「せんせいもお腹を出せばー」
「んんっ。せんせいは、ねぇ、大人のレディだから、お腹は出せないのよ。ごめんねぇー」
「えーっ。ずるい、ずるいよー」
「でも、ここ見て、太ももを思いっきり刺していただいたから。これじゃお嫁にいけない! 困っちゃう~」
保育士は童心に戻って幼児とじゃれ合います。
―大きなモニターの前。
官房長官「大臣。『刺していただく大作戦』は功を奏したようですな」
厚生労働大臣「はい。まったくもって効果てきめんです。まさに一網打尽。これも科学技術庁のお陰です」
科学技術庁長官「いいえ。莫大な開発予算をつけていただきましたから。基礎研究―治験―効果判定が実にスムーズに進められましたので、ね。省庁の垣根を越えた連携プレーですよ」
官房長官「それにしても、レムデシビルを吸わせて、6本の針うち、血を吸う針以外を注射針として利用し、身体に注入させるなんて、そのうえ微小な電極チップを背負わせて、遠隔操作するとは……」
科学技術庁長官「進化したAIの賜物です。これくらいの技術であれば、すでに色んな分野で実用化されてますから」
―総理大臣の会見。
「全国民の皆様。お久しぶりです。定期健康診断で、しばらく口を慎むよう主治医から釘を刺されていたものですから……。で、本日は、国民の皆様を意のままに誤魔化してきた私から最後の実に喜ばしいご報告をいたしたいと思います。総理の座にあって7年8カ月。やり残したことは数知れず。森友・加計、さくらを観る会、検察庁長官の定年延長、いずれの疑惑も残したままです。すみませんです。いわんや憲法の改正もままならず。あ~ぁ、美しい日本よ、どこへ行く。さらに、不評だったアベノマスク、全国小中高校の一斉休校のことはもう忘れていただいたでしょうか。ご記憶の方は早急に忘れてください。ただし、無料で差し上げた10万円のことだけは忘れないように、願います。後世に、伝えていただきたい。わたしからのお小遣いでした。
では、いよいよ発表させていただきます。ここからは間違えてはいけませんので、文部官僚が作成した文面を読み上げます。
『本日、日の出町にあります「どんぐり幼稚園」の中央公園における園外遊びの一環として行なわれました接種により、全国民への新型コロナウイルス感染予防のための予防接種は完了いたしました。なお、チャンピオンはパンツいっちょうで刺していただいた、えっち(H)ちゃんに決定したようです。えっちちゃん、やったねー。おめでとう!』
皆さん、もう大丈夫です。クラスターなんてクソ食らえ! GO TO 末広亭。GO TO 笑点。GO TO お葬式。GO TO レジャーホテル。GO TO 無銭飲食。どんどんGO TO 外出! 薮蚊の習性を逆用する画期的なアイディアを実用化した薮蚊サイボーグの働きに座布団5枚! われわれ人類の英知の勝利であることを、ここに宣言いたします」
―メッセンジャー。メモ用紙を総理に見せる。
「んんっ。私事で恐縮ですが、私のみがまだ接種を受けていませんでした。官房長官、私の後釜を狙う算段をする前に、早く藪蚊さんを呼んでください。友人のトランプ君も感染しちゃたんだから~。早く、藪蚊さんを、呼んでぇー」
―プイーン、プイーン。(了)
47.伝統を守る
どこの大学にも世代を超えて学生たちに受け継がれるものがある。たとえば、体育会系のサークルであれば、こんな春歌があった。
♪赤い〇〇〇に、くちびる寄せて、……〇〇〇はなんにも言わないけれど……♪
♪奈良の大仏、××××かけば、ヨイヨイ。奈良の都は糊の海……♪
さて、ある大学の学部に若い独身のイケメン男性教員が赴任してきた。イケメンはある意味で罪深い。いつの世も女心を悩ませる。ミーハーを絵に描いたような女子学生たちは陰に陽にこの教員の気を引こうと試みた。具体的に行動に出る女子学生もいた。バレンタインデーに講義の終了後、チョコを手渡す者、教員の誕生日をネットや教員名簿を使って探そうとする者もいた。あるいは大学事務局に問い合わせる者さえいた。
どんな女性からであれ、好かれて嫌がる男はいない。この男性教員も女子学生からのそうしたアプローチを十分に察知していたが、わざとつれなくしていた。教員と女子学生、禁断の・・である。商品に手をだすと……下手をすればハラスメントにもなりかねない。不祥事ものである。用心、用心。
ただし女子学生たちは名前を明かさなくても、その思いを伝える術はある。匿名のメールを送る。教員のメールボックスへ手紙を投函する。
これよりも自分は教員の授業を受講していて身近にいる者というヒントを直接、届ける方法もあった。それは、半年ごとに講義の最終回近くに行なわれる「授業改善アンケート」である。このアンケートは集計後、科目担当教員に返却される。
アンケートの内容は、授業がシラバスに沿って展開されたか、学生が理解し易いような工夫がされていたか、適切な参考文献や資料は提示されたか、私語への注意喚起、学生自身の授業への取り組み方(予習、復習)など、を含む8項目からなっていた。学生は、「そう思う」から・・・「そう思わない」までの5段階でチェックを入れることになっている。また、授業への要望を教員に直接、口頭で伝えられない学生のために自由記述欄も設けられている。
このアンケートは無記名であることから自由記述欄には黙視できないことを書いてくる学生もいる。たとえば、バカ! ブス! 化粧が濃い、死ね、逆ボタルなど教員を誹謗中傷するものなど。これらの記述のあるものについては、アンケートの主旨に反することから教員へ返却する前に、しかるべき(教育運営上の)責任者たちの手によって削除される。しかし、削除すべきか否か、悩ましい記述もある。
「先生。大好き! 今度、お茶しましょうよ~。 LOVE」「愛してま~す! ナナより」「教壇に立つ先生は他の誰よりもかっこいい!」「卒業して、先生のお顔をもう拝見できなくなるのは辛いです。ミーより」「卒業後、お付き合いしていただけませんか。アイです」「先生。私、歳の差なんて気にしてません。特別講義を聴いたカオルです。先生は私の顔をみて微笑んでくれましたよね。それって~、やだ~~」「先生。駅中のカフェでいつも6時に待ってます~。ルミ」「おそろいのパジャマを用意しちゃったぁ、先生~。ユウナより」
赴任1年目の若い独身のイケメン男性教員はこんな記述を読んで、
「なるほどぉ。俺って、やっぱイケテルもんね。学内には独身の女性教員も事務職員もいて、そんな目で俺を見てくるヤツもいるけど、年増女はどう転んでも……ピチピチの女子学生は可愛いような~」
と、舞い上がってしまっていた。
毎年、こんなコメントを書いてくる女子学生が必ず数名いた。男性教員はこの文面を読むと次回の講義から教室内にいる女子学生をそれとなく探る視線で見ていた。もちろん気づかれないように。
平凡な教員であれば、自分の授業へのアンケート結果を見るのも好まない。できればアンケートなど取って欲しくない、と思っている。しかし、この若い独身のイケメン男性教員は毎年、アンケートの自由記述欄を読むことが楽しみになっていた。
年月は瞬く間に流れた。若くて独身でイケメンだった男性教員も白髪の混じる定年退職が近づいてきた。しかし、老いてもまだ独り身のままであった。金は腐るほど貯めた。しかし、暖かい伴侶と家庭を持つことはなかった。一方、学内にいた独身の女性教員も事務職員もみんな家庭を持った。男性教員などとうの昔に眼中から消え失せていた。そんなことにはおかまいなく男性教員は加齢とともに、若い女子学生への興味が募るばかりであった。なので、30数年、講義をしてきて唯一の楽しみはアンケートの自由記述欄を読み、それをファイルに綴じることであった。それを手に取り開くと、老いても血踊り肉が騒いだ。気持ちだけは若かった。でも、もう手遅れ、どうしょうもない。人生の終末を迎えていた。
そう、この大学には作家志望の女子学生のみで構成される文芸部サークルがあり、部員たちはこの男性教員の授業アンケートには必ず切ない恋心を書くことが義務として受け継がれてきたのであった。(了)
48.余計な一言
「お前なあ、仕事もしないで3食昼寝つきで、ブラブラしているとブタになっちゃうぞ!」
と夫は決め台詞を口にしたが、一言余計な言葉があった。
愚の音も出ないだろ!とばかりに夫は振り向いた。と、その見下ろす床には体長160センチほどの白毛のブタが鼻の穴を大きく開けて、夫を見上げていた。
「ひえー!!」
夫はかっと目を見開いたまま、次の言葉が声にならなかった。
「どう、どう、どうしたんだ! お前」
やっと声を絞り出すと、
「あなたがブタになっちゃうぞ!って言ったから、お望みどおりブタになってあげたのよ」
女房は平然と答えた。
「おっ、おつ、おい。それでいいのか? どうすれば元に戻るんだぁ。戻れるんだぁ」
そう言う夫の声は小刻みに震えていた。
「知らないわよ。そんなこと。そっちがこの問題を起こしたのよ」
女房はシラッと言った。
「問題って、おい~」
「後悔、先に立たず、ってことね」
女房の声はなおも平然としていた。続けて、「わたし、お腹が空いたわ。なにか作ってよ。食べさせてちょうだい」
「作ってよ? それって専業主婦のお前の仕事だろ」
夫はむっとした声を返した。
「だってぇ、こんな姿では買物にも出られないし、包丁も使えないし……」
「あ~、分かった、分かったよ。毎日、食事を作るのも大変だよな。で、なにを食べたい?」
女房の言葉をさえぎり、夫は後ろめたさから、またその心中を察して、優しくこう答えた。
「冷蔵庫にキャベツの千切りとリンゴの皮を剥いたものがあるはずよ。それからチャーハンを食べたいわ。材料はタッパに入っているし、冷やご飯を炒めてね。あぁ、忘れるところだった。餃子も焼いてね」
冷蔵庫を覗いている夫は、
「おい。そんなに食べると、ブブ~ブ~~、いや腹を壊すぞ」
と諭した。
「いいのよ。とってもお腹が空いていてぇ、なんだか胃が大きくなったみたいなの」
「(語気強く)分かった。今日だけだぞ。明日は月曜で俺は仕事に行かなきゃならんからな」
時間の経過とともに夫はこの状況に順応しつつあった。また、しなければならなかった。
ブタ、いや女房はたらふく食べ終えるとソファの前に敷いた絨毯に身を横たえて、TVのお笑い番組を観ながら寝入った。
これは夢だ。悪夢だ。一晩、寝て起きれば、元に戻っているだろう。夫は自分をそう納得させて、独りベッドへ入った。
「ブーブー! ブブーー! ブーブブー!」
「うるさいなー! なんだ!」
夫は掛け布団を蹴飛ばして、ベッドを出て音のするリビングのドアを開けた。明け方の薄闇の中を高さ60センチほどの物体が右へ左へとうろつき回っていた。
悪夢は正夢だった。
「お~!!」
夫は膝をつき、両手で頭を抱え込んだ。
「ブーブー、ブブー、ブーブブー! ねえ、朝よ。朝ご飯をちょうだい!」
まぎれもなく女房の声だった。
「おい。お前、昨夜のまんまだな」
諦めにも似た愚問を発した。同時に、冷や汗がツ~ッと背筋を流れた。
「わたしの知ったことじゃないわ。それよりも早く朝ご飯を作ってよー。腹ペコで死にそう」
「分かったって。パン、ハム付きの野菜サラダ、牛乳、コーヒーでいいな? 十分だろ? 毎朝、これだから」
「だめ。パスタも湯がいてよ」
「なに? 朝だぞ。そんなに食べられないだろ?」
「お腹、ペコペコよ。冷蔵庫の野菜庫にタマネギとキャベツがあるはずだから、すぐに出してー」
「生で食べるのか?」
「そう。待っていられないもの。仕事に出る前に、お昼ご飯も用意しておいてね。それから夕方6時にご飯が炊き上がるよう炊飯器のタイマーをセットしておいてね」
「あぁ~~」
夫は長~い溜息を女房に、いやブタに向かって吹きかけた。
どうすれば女房は元に戻れるのか。戻せるのか。夫は就業中、こっそりネットで検索してみた。が、どこにもヒントらしき情報はなかった。3日、5日、1週間、2週間、あっという間に3カ月が過ぎた。
女房は相変わらず、食っては寝て、起きては食って、また寝て、室内をただうろつくだけの動きしかしない。大食漢と化したその身体はぶくぶくと膨らみ、体重も2倍近く増えた。夕食後には、決まってシャワーを浴びたいとせがんだ。もちろん、夫が三助となった。土・日曜日には部屋の掃除を強要した。ブタって意外ときれい好きらしい。
この頃には、夫はこの状況を悲観するのじゃなく、むしろ受け入れていた。また、飼育のおもしろさも実感していた。
「成長する姿を見るのも楽しいものだな。養豚農家さんの気持ちも分かる」
女房は自分の生活リズムを変えようとはしなかった。運動不足と過食の果てとして、弛んだ左右の脇腹を擦り、「あなた~。もう動くのが大儀になっちゃた~。お相撲さんみたい。あ~~ぁ」。
その声を聞き終えると、夫は、
「このデブ、そろそろ出荷時かな? ふっふっふっ」
と、顔を背けて含み笑いを洩らした。
「どういうことよ!」
顔を戻すと、でっぶりと太った女房が仁王立ちしていた。その右手に持つ包丁の刃先がピカッと光った。
「ああ~~恐ろしい」
また余計な一言があった。(了)
49.庭先でのドラマ
―ある朝。
「おい。この木切れ、ゴミ収集所に出してあったものじゃないのか」
老人はいかにも腹立たしそうな声をかけた。
「はっ、はい。いつまで経っても収集車が持っていってくれませんので、持ち帰りましたのよ」
奥さんは柔らかく応えた。
「おい。なぜ、持って帰ってきたんだ」
「ええっ? ずっと置きっ放しになっていて、持っていってくれませんから」
「持っていこうがいくまいが、ゴミ箱の横に戻してきなさい。すぐに」
老人はゴミ箱の方へ顎をしゃくった。
奥さんはふくれ面をして庭先に置いてある木切れをしぶしぶゴミ箱の横へ運んだ。
―2日後。
老人は目をキッと吊り上げて、
「おい。また、持ってきたのか!」
と、声を荒げた。
「はい。置いておいても持っていってくれませんから。仕方なく……」
「おい。何回、言えば分かるんだー。ゴミ箱の横に放っておけばいいんだ。なんだぁ、この長さは? 出すときは決められた寸法に切ってから出すもんだ。ルールも知らんのか」
奥さんはこの罵声にムッとした顔を返した。
「俺がぁ、1度でも木切れを出すよう頼んだことがあったか。縛ってあるビニールヒモだって、いつものとは色が違う。いつもは水色だ。これは黄色じゃないか。なぜ、他家が出したゴミを持ち帰ってくるんだ。すぐに戻してこい!」
老人の声はしだいに大きくなってきた。
「だってぇ、ずっと置いておいても持っていってくれませんから」
奥さんは困惑し、涙まじりの声で訴えた。
「これはゴミだぞ。ゴミとして出したものは持って帰ってくるんじゃない。戻してきなさい!」
老人はゴミ箱を指差し、眉を逆八の字にして叫んだ。
奥さんは仕方なく庭先に置いてある木切れを、またゴミ箱の横へ運んだ。
老人はさらに汚い言葉をぶつけた。
「毎日、家の中でテレビを点けてボーッと座ってお茶を飲むだけだから、物忘れをし、判断能力が落ちるんだ。近くに2人の姉が住んでいるのだから、俺が昼間、仕事でいないときは遊びにいってこい。なんのために近所に姉がいるんだ。遠慮しないで、遊びにいって世間話でもしてこい。話をすれば脳ミソも使う」
奥さんは憫笑を帯びた目で、「仕事? 2人の姉ですかぁ。ふっふっふっ」と口元を弛めた。
老人はそれにかまうことなく、
「新聞や雑誌をボーッと眺めていても、頭は衰えるばかりだぞ。向いの旦那は80歳、奥さんは72歳、お前は今年、還暦だろ、うんと若いのに、もうボケがかかっているじゃないか。たまに俺が外へ出てみると、このざまだぁ。ゴミを持ち帰るとは、ほんと困ったヤツだ」
奥さんは明らかに頬に笑みを浮かべてから、勇気を振り絞って、
「だって、自家に持ち帰ったところを前の家の人や左隣の人に見られているから、自家から出したゴミだと思われてますし、事実、自家のゴミです。自家のものなんですよ!」
と、反撃した。
「余計なことをするから、誤解されるんだ。ゴミ箱の横へ置いておけば、規格外なのでそのうち収集車の作業員が注意書きを貼るだろうよ。そうしたら出した人は理解する。他家のゴミで、なぜ俺がお前に注意しなきゃならんのだ。触らないでそのまま放って置け。ゴミ出しまで、俺が管理しなきゃならんのか。呆れたもんだ。しっかりしてくれ。ふん」
老人は大きく鼻を鳴らした。
「管理したけりゃあ、この木切れをどこかへ持っていってください!」
埒が明かないとみて、奥さんは悲鳴をあげた。
「置いてあった所にそのまま放っておけばいいと言ってるだろ。なぜ、ゴミにこだわるんだ。呆けかかっている自分のことをもっと心配しろ」
老人は動じずに語気強く返した。
奥さんは、なにを言っても無駄だと悟り、
「ですから、自家のゴミでぇ、1週間近くずっと持っていってくれないのですよ」
(文句を言わずに、なんとかしてくださいよ)と哀願を込めた優しい声音で諭すよう言った。
「だからぁ、置いておけばいいんだって。ほんと余計なことばかりして、俺にいつも迷惑をかける。暇なお前と違って、俺は忙しいんだ。相手をする俺の身にもなってくれ」
老人は吐き捨てるように言った。
奥さんは反撃することなく、ただ不機嫌な顔を俯け、たまらず目頭をおさえた。
それを慮ることなく、老人は悪態をついた。
「泣きたいのはこっちだ。ゴミのことまで俺が心配しなきゃならんのだから。いい迷惑だ。毎日、なにも考えず、プラプラしてるから、こうなるんだぞ。もっと脳ミソを使うことをしろ。なぜ、こんなことで俺に汚い言葉を吐かせるんだ。長年、夫婦であってもお前は俺に心配ばかりさせて、俺のことをなんにも分かってくれやしないものなぁ。ほんと情けない。しっかり反省しろ」
その瞬間、奥さんは形相変え、睨み返した。
そこへ高齢のご婦人が険しい目をして、近づいてきた。
「いつもすみません」頭を深く下げてから、笑みを浮かべて、「お父さん。帰りましょう。お隣の若奥様に、ご迷惑をかけてますよ」と、老人の腕を取った。(了)
50.悪知恵を活かす
里山の稲穂が頭を垂れるころ、棚田のあちこちに案山子の姿が見える。カカシは、スズメを追い払う役割を負わされている。そのためハリボテの顔に描かれた「へのへのもへじ」だけはやけに厳つい。頭に被るのは決まって古びた麦わら帽子。ところどころ破け穴が開いている。藁で作られた胴体にはみすぼらしい布が巻かれている。
ある晴れた日、カカシたちのおしゃべりが聞こえてきた。
「もう嫌になっちゃうわよね。毎年、同じ服着せられて」
「あら、あんた去年倉庫に仕舞われたまま、今年出されてきたのね。わき腹にクモの巣がくっ付いてるわよ」
「そうなのよ。なんとかならないの? この化粧、この服、この帽子。お決まりの3点セットじゃないのよ。人間に似せるのはいいけど、あ~ぁ、ダサッ。今どき、こんな人間いないよ」
「でも、こんな藁人形のわたしたちもスズメにとっちゃ、怖い人間に見えるようね。ここに立っているだけで、1羽も近寄ってこないもの」
「そんなことより、向こうのイケメンさんに見られると、恥ずかしくてぇ」
「あらら、あんた、あのイケメンを狙っているの?」
「だって、向こうがこっちをじーっと見つめてくるんだもの」
「そうなんだぁ。レディだもの綺麗に着飾りたいよね」
「でも、カラスがしょちゅう頭に停まって、大きな糞を残していくから、臭いったら、ありゃしない」
「そうねぇ。雑食だから、確かに臭い」
と、噂をするとなんとやら、1羽のカラスがカカシの頭に停まり、さっそく毛づくろいをはじめた。嘴を羽毛に突っ込むたびに小さな毛が微風に舞った。それがカカシの頬、目元や鼻先にくっ付く。カカシはたまらず、
「はっはっ、はっ~、はっくしょーん」。
カラスは思わず飛び上がりホバリングをして、また頭に戻り、声をかけた。
「バカに大きなクシャミだねぇ。カカシさん」
カカシは上目遣いに声を荒げた。
「あんたのせいでしょ。なにもわたしの頭で毛づくろいすることないじゃない。いつもいつも糞は落とすわ、毛は飛ばすわ。ほんと、ろくでなしの恩知らずの役立たずー」
「こりゃあ、聞き捨てならないねー。カラスの世界にも、『反哺の孝あり』、受けた恩には報いるという習性があるんだがね」
「反哺だろうが、1歩だろうがぁ、ちょっとは、わたしの身にもなってよ。わたしはあんたの止まり木じゃない。止まり木として恩を売っているつもりはないけど、そんなに義理堅いのなら、わたしの頼みを聞いてよ」
「ほぉ、頼みねぇ。で、なに?」
「毎年、こうしてここに立てられて、それもほぼ同じ化粧、服、帽子。もっとオシャレがしたいー。もっともっとファショナブルに着飾りたいの!」
「なるほどぉ。そう言や~、毎年同じ姿形だな。それもオンボロボロ。はっはっはっ。おっと~、これは失礼した。笑っちゃいけない、いけない」
「なんとかしてくれない。カラスの……働くんでしょ? 悪知恵だけは」
カカシは無理を承知で頼んでみた。
反哺の孝を口にしたてまえ、カラスはこの申し出をしばし考えてみた。
妙案が浮かび「一部分であれば、なんとかなりそうだ」。
「そう。じゃあ、この服装のどこでもいいからファショナブルにしてちょうだいよ」
カカシの声は期待に明るく弾んでいた。
その声に励まされ、カラスは背伸びをして周りの棚田をぐるーっと見回した。たくさんのカカシが立っている。みんな自分の言動に注目しているように見えた。首を垂れ、また考えこんでしまった。
待ちきれないカカシは語気強く急かせた。
「早くしてくれなきゃ、もうすぐお米の収穫が始まるからね。そうすりゃ、わたしたちはまた倉庫へ仕舞われてしまうの。それまでになんとかしてちょうだい」
カラスはまた頭を悩ませた。が餌場のある街中を目指し上空を飛び去る仲間たちを見て、ピーンと閃いた。
「できるだけ早くなんとかしよう。カー」
ひと啼き残して仲間の群れへと向かって飛び立った。
次の日。街では大騒動が起こっていた。
「できるだけオシャレなデザインのものを、とにかくたくさん運んでくれ。今日中にやってしまいたい。みんな協力してくれよ。カー! カー!」
その雄叫びとともに無数のカラスたちが試合中の野球選手の帽子、散歩中の老人が頭に乗せている帽子、幼稚園児たちの制帽、道路工事の作業員が被っているヘルメット、ハイキング中のアベックが被るチロリアンハットなど、を嘴に銜えたり、足で掴んで持ち去る事件があった。カラスたちは決まった方角へ飛び去った。
その次の日。米の実りぐあいを見るために棚田へやってきた農夫は驚き、叫んだ。
「こりゃあ、どうしたことだー。カカシたちが大きさ、形、絵柄の違うカラフルな帽子を被っている。ファッションショーみたいだ」
さらに目を凝らし、
「ええっ。あそこには2本のカカシが並んで立っている。並べた覚えはないが。う~ん」
そのカカシたちの顔は優しい表情になっていた。(了)