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「おっはよ渚!」


あと5分で朝のホームルームが始まる教室は、がやがやと賑やかだ。


「おっはー!美代ぽん」


鞄から一限目の授業の用意を取り出しているあたしの横にやってきたのは、中学からずっと仲が良い中原美代。美代ぽん。


「昨日出た数学の宿題やった?」


美代ぽんは、自慢の長い綺麗な黒髪を指先でクルクルと弄りながら聞いてきた。


「あー途中までならやったよん」


「途中までなんだ?珍しいじゃん。いっつも最後までやってるのに」


「あ、あたしだってそういう時くらいあるよぉーだ」


考えたくない昨日の出来事が頭の中で甦る。

あたしは表情が崩れないように頬の筋肉にくいと力を込めた。


「…林中と何かあった?」


………。

流石に四年も一緒にいれば鋭くなるか。


「や、やだなあ!何かあればいいんだけどね!チューとかエッチとかあ!?あはは」


馬鹿みたいな笑い声がカラカラ響く。

その笑い声に美代ぽんは「ふぅん」と何処か不満そうに唇を尖らせた。


あたしの席は廊下側から二列目の一番後ろの席。


もうすぐでチャイムが鳴るという時、ガラッと教室の後ろの扉が開いてリョウたんが入ってきた。


「はよ。」


時間ギリギリで入ってきたリョウたんは、鏡を一度も見てないのか、右側の髪がぴょこんと跳ねている。


「おっは!リョウたん!」

「おはよ、林中」


「リョウたん、ちょっとしゃがんでえー」


あたしは通り過ぎようとしたリョウたんの腕を捕まえた。


「ん?」


リョウたんは不思議な顔をしつつ、少し腰を低くしてくれる。


「ほら、ここ。跳ねてるよ」


言いながら、ぴょこんと跳ねている髪を優しく撫で付ける。


「マジで?渚、鏡貸して」


あたしはポケットからいつも持ち歩いている小さなコンパクトを取り出してリョウたんに渡した。


「うおー発芽米じゃん。だっせえ。」


「ワックス持ってるよ!貸したげよっか?」


「いや、俺も持ってる。あ、そーだ」


リョウたんはコンパクトをあたしに返すと、使い古した鞄からノートを取り出した。


「これ、昨日の宿題の残り。写して分かんないとこあったらまた教えるわ」


「わーい!助かるよお、リョウたんやっぱ大好きい!」


ノートを受け取ってペラペラと捲ると、昨日やらなかった問題まで綺麗に解かれていた。


「昨日途中で抜けて悪かったな。また何か埋め合わせするし」


「そうだよー何か奢ってもらうからなあ!」


覚悟しとくとリョウたんが苦笑いしたところでチャイムが鳴って、リョウたんも美代ぽんも各々の席に戻っていく。


あたしも自分の席について、コンパクトを覗いた。


丸い顔。

ちょっと玉になったマスカラ。

二重だけど大きくない目。


元気そうな笑顔。


あたしの顔。


「…うん。今日もいい笑顔笑顔」


明るいのが取り柄だし。

ちっぽけなことは気にしない。

さっきも上手く笑えてた。



ブーブーブー。



「メールだ」


机の上にあった携帯が震えて、メールの受信を知らせた。


「なっ!?」


メールはリョウたんからで、内容は


『何自分の顔見て微笑んでんだよ。手のり豚ちゃん( ̄∀ ̄)』


って。

リョウたんの方を見るとリョウたんもこっちを見てたみたいで、目が合って二人でくすりと笑った。


失礼な内容だけど。

あたしはこんな些細なことでも幸せになっちゃうんだ。


あたしは幸せ。





そのまま何事もなく普段通り午前の授業が終わって、昼休み。


あたしの机の上には二人分のお弁当。

あたしのと、美代ぽんの。


あたしのお弁当箱が二段弁当なのに対して、美代ぽんのはすっごく小さい一段弁当。

中に入ってるのは二つのおむすびと、色とりどりの具。

可愛らしい女の子のお弁当。


美代ぽんは唐揚げにお箸をぐさりと刺して、あたしの話を聞いていた。


「佐々木…ねえ…」


美代ぽんは何かを考えるように唐揚げを咀嚼する。

ちょっと大きかったんだろうな。


「…別に、気にしてないもぉん。」


あたしが話しているのはまさに昨日の出来事。

美代ぽんに半ば強制的に説明させられてます。

部屋で勉強していたら佐々木さんから連絡があって。

リョウたんにちょっとキツイことを言われて。

あたしは一人でリョウたんの部屋を出たこと。


「林中に言われた内容のとこ、どう見ても渚が気にして無いようには見えなかったんですけど」


「ぅ…」


「ねえ、渚」


美代ぽんは唐揚げを飲み込むと、お箸を置いてあたしの顔を見た。


どことなく、

真剣な眼差し。


「もう諦めたら?」


「へ…?」


急に何言い出すのさ。


「な、なんで。美代ぽんはいっつもあたしを応援して」

「林中は無理だよ」


美代ぽんはいつもあたしの恋を応援してくれていた。

笑いながら、頑張れって。


だけど今は、

きっぱりとした口調だった。


「ずっと思ってた…。林中にとったら渚は幼なじみなの。今までも、これからも。」


「そんなことない!リョウたんは恥ずかしがりやさんなだけで」

「いい加減現実を見なよ!あんただって分かってるはずだよ。」


「ちが、う」


口がゆるゆると動く。


「男は林中だけじゃないよ、渚。他の奴にし」

「違う!大丈夫だもん!」


気が付いたら大きな声を出していて。

教室の中にいた人たちが何人かこちらを見た。


「渚」


「あたしは幸せだもん。今も幸せだもん…!」


朝もメールくれた。

馬鹿な内容だったけど、嬉しかった。


「あたしには…リョウたんだけだもん…」



「…そんなこと言う美代ぽんなんて、嫌いだ…」


「渚…」


美代ぽんは困ったように呟いた。


二人の間に、居心地の悪い沈黙が流れる。

お互い、何も言わずに残りのお弁当を食べた。






「渚、今日ミリアの新曲の発売日じゃん。帰り店寄っていこうぜ。」


終わりのHRが終わってガヤガヤと教室から人が出ていく中、リョウたんがあたしに駆け寄ってきた。


「え、そうなの!?」


ミリアはリョウたんが好きな女性アーティスト。

あたしもリョウたんの影響で結構好きだった。


「なに、お前知らねえの?相変わらず疎いなあ」


「えへへ、リョウたんが教えてくれるから別にいいんだもぉん」


あたしはリョウたんから誘って貰ったことが嬉しくて、リョウたんの腕に抱きつくと、二人で教室をでた。



学校から出て、駅の方まで歩く。


横を向いてリョウたんを見上げると、今朝跳ねていた髪は綺麗に整えられていた。


「リョウたん」


「ん?」


「今日は一緒に勉強できる?」


「ああ。このCD買ったら家帰るしな」


「えへへ…リョウたんと一緒に勉強頑張るのだあ!」


「お前ただわかんないって騒ぐだけじゃねえかよ」


あたしを馬鹿にするリョウたん。

でもあたしは、リョウたんになら馬鹿にされるのは好き。


リョウたんにだけなら。


「…リョウたん」


「なんだよ?」


「…あたしって、リョウたんの」


その時、あたしの言葉を遮るかのように生温い風が一つ吹いて、前髪が上がり、額が剥き出しになる。


何故か急に心細くなって、あたしは途中で言うのをやめた。


「ごめん、なんでもないや」


あたしが軽く笑って首を振ると、リョウたんは「変なやつ」って言いながら、優しく目を細めた。


それはいつかも見たことのある静かな微笑みで。

あたしはぎゅっと、リョウたんの腕を強く抱き締めた。



店の中に入ると、よくテレビで流れているJ‐POPが流れていた。


「あ、あそこだ」


リョウたんはミリアのコーナーを見つけるとあたしの腕を解いて駆けていく。


あたしもその後を追って、少し駆け足で向かった。


「この曲前聞いたけど結構良かったんだよな」


「そうなんだー。あたし聞いたことないかもだあ」


二人でミリアのシングルのジャケットを見る。

白の背景に、スタイルの良いミリアがこちらを振り向いて微笑んでいる。


「リョウたん買うの?


「ああ。佐々木もこれ聞きたいっつってたしな」


突如出た佐々木さんの名前に、あたしの動きが止まった。


「え…リョウたん、なんで、佐々木さん…?」


できるだけ表情を崩さないように、頬の筋肉を緊張させる。


「ん?あー言ってなかったっけ」


リョウたんはこっちを向くと、恥ずかしそうに頭を掻いて、



「昨日から付き合ってんだ、佐々木と」



そう、

言った。


「告ったのは佐々木からだったんだけど、いやーなんかバイトの時から俺のこと好きだったみたいでさ」


ちょ、ちょっと。

ちょっと待って。


何、言ってんの?


「佐々木可愛いじゃん?細いし、なんか守ってあげなきゃとか急に思っちゃってさ」


やだ。

聞きたくない。


「あ、そういえば佐々木、お前とも話して仲良くなりたいって言ってたぞ」


ねえ、

あたし今



「なんてったって渚は、俺の幼なじみだしな」



ちゃんと笑えてるかな…?




幸せだったんだよ。


本当に。


だから今だって

リョウたんの隣にいるから今だって


幸せだもん。



美代ぽん。


あたしは

強がってるわけじゃないからね。



ただ、

今はちょっとだけ


笑顔が上手く作れないだけ。




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