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王太子は揺れる

「――これは王太子殿下、大変失礼いたしました」

 ジャンと呼ばれた青年は、ニナの隣にいるのがアレクシスだと認識するや否や、さっと礼をした。しゃんと背筋を伸ばすと、アレクシスと目線の高さがほぼ同じくらいになった。

「はじめまして王太子殿下。私はジャン・デ・シモンと申します。シモン男爵家の三男です。バトン領には幼少の頃からよく遊びに来ていまして、現在はこちらに居を構えております。こちらのニナとは幼馴染みなんです」

 ジャンは太陽のような明るい表情が目を惹く青年だった。愛嬌のある笑顔は懐っこい大型犬を連想させる。


(男爵家の三男なら、自らの手で仕事を得なければならないだろうな。居を構えているということは、バトン領で仕事をしているんだろうか。幼馴染みとはいえ、ニナ嬢とは随分親しい間柄なようだけれど…)

 アレクシスがちらりとニナに視線を送ると、ニナがジャンの紹介を付け加えた。

「殿下、ジャンはこの髪飾りの作家なのです」

 ニナが自分の髪飾りを指す。

「え、君が?」

 どうやら、ジャンはアクセサリー作家として活動しているようだ。あのアクセサリーたちにどこか品があったのは、貴族出身のジャンが作っていたせいでもあるのかもしれない。

(ニナ嬢の友人と言うから、てっきり女性だと思っていた。あの繊細なデザインが男性のものだったとは驚きだな)

 ニナにだって友人男性くらいはいるだろうとわかっていても、何故か友人が男性だったことが少し引っかかった。しかし、それに気づかれぬよう王太子の笑顔を浮かべる。

「君の作った作品を拝見したよ。どれも目を惹くデザインで素晴らしかった」

 アレクシスが笑顔で手を差し出すと、ジャンが謙遜しながらも手を握り返した。

「お褒めにあずかり、大変光栄でございます、王太子殿下」


 ジャンとニナは幼馴染みというだけあって、ニナもジャンとはしっかりと目を合わせて軽口を叩き合っている。そのうちにジャンがニナの髪飾りに触れ、嬉しそうに微笑んだ。

「ニナ、これ買ってくれたんだ。すごい似合ってるよ」

 仲のよいニナとジャンの姿を見ていたアレクシスは、何かが胸に閊えるのを感じた。ざらり、と心臓を撫でられたような、小さな不快感。先程の引っかかりといい、一体何なのだろうか。

(なんだ?今の感覚は)

 自分でも正体のわからない閊えが少し気になりながらも、アレクシスは微笑みを絶やさず二人の会話を見守る。


「実は…殿下に贈っていただいたのです」

 ニナが髪飾りに触れて、恥ずかしそうに俯く。

「そうだったんですね!王太子殿下、僕の作品を選んでいただき、ありがとうございます」

 ジャンの表情がぱあっと輝く。アレクシスも笑顔で頷いた。

「その髪留めがニナ嬢のイメージにぴったりだと思ってね。実際とても似合っている。贈ってよかったよ」

 アレクシスの言葉に、ジャンが少し恥ずかしそうにはにかみながら微笑んだ。

「そう言っていただけると、本当に嬉しいです。実はこれ…ニナをイメージした作品だったんです」

「え?」

 ニナもそれは知らなかったらしく、驚いた顔でジャンを見つめている。アレクシスも思いがけない答えに一瞬固まってしまった。

(ニナ嬢をイメージした作品?それはつまり…)

 くっと、また胸に何かが閊える感覚。

「ニナ、実は、僕はずっと君のことが…」

 ジャンが照れくさそうにニナに切り出す様子を、どこか別の世界の出来事のように眺める。ニナが目を見開き、みるみる頬が赤く染まっていく。

 アレクシスはそっと身を翻し、会場の外に出た。先程の閊えが段々膨らんでいくような、妙な心持ちだった。


 外に出た瞬間、冷たい夜風が頬を掠める。

(ジャンは偉いな。ちゃんと自分の気持ちを伝えて)

 アレクシスがフェリシアに自分の気持ちを伝えたのは、もうフェリシアがヨアンと恋に落ちた後だった。自分の気持ちが報われないことはわかっていたが、最後にそれだけは伝えたくて、なんとか言葉にした。もしももっと早く、婚約者でいられたうちから思いを伝えられていたら、結末は変わったのだろうか。

(僕は意気地なしだ。婚約者という立場に甘えて、フェリシアが僕に抱く感情が僕のものとは違っていても、一緒にいてくれればそれでいいと思っていた。フェリシアの思いが親愛の情であれ、家族に向けられるものと同じであれ、フェリシアにとって僕が特別な存在であることは変わらないと思っていたから。だけど、フェリシアが僕に恋していないことを悟っていたからこそ、逃げずにもっと頑張るべきだったんだろうな)

 ため息をつきながら夜空を眺める。王都の空よりもたくさんの星が輝く空。この空も今夜で見納めだ。明日の朝にはバトン領を立ち、王都へと戻る。


 しばらくそうしていると、背後で誰かが外に出てくる気配がした。

 振り返ると、そこにはジャンの姿。

「王太子殿下。こんなところにいらしたのですか」

「ちょっと夜風に当たりたくてね。ジャンはニナといなくていいのかい?」

 アレクシスの言葉に、ジャンが申し訳なさそうに頭を下げた。

「殿下の前であんな話…。大変失礼いたしました。僕の作った髪留めをつけたニナを目の前にして、感情が抑えられなくなってしまって…。ちょっと飲み過ぎていたようです。──でも、振られてしまいました。今はバトン領を豊かにすること以外に関心が向かないそうです」

「え…。そうだったんだね」

 辛そうな表情を見せたジャンに、アレクシスは戸惑いを隠しきれなかった。

「はい。まあ、わかってたんですけどね、ニナが僕のことを男として意識してないことは」

 自嘲気味にジャンが微笑む。まるで、少し前の自分を見ているようで、胸が痛い。それなのに、微かに安堵のようなものが胸を掠めたような気もして、自分の気持ちに混乱する。

「だけど、二人はとても仲がよさそうに見えたよ」

「ニナにとっては、僕はもう1人の兄のようなものですよ。――幼馴染みって、近くて遠いですよね」

 その言葉には、アレクシスも心の中で大きく同意した。近すぎるからこそ、本当の思いはなかなか伝わらない。


「僕は三男なので、家を出て生計を立てる術を得なければなりませんでした。幼い頃から、どうやったら自分の道が見つけられるのかと、悩みながら生きてきたんです。そんな僕を、ニナはいつも気に掛けてくれました。実は、今アクセサリー職人の仕事ができているのも、ニナのおかげで…」

 ジャンは、ニナが自分の才能に気づいて褒めてくれたこと、弟子を取ってくれる職人を探してくれたこと、ジャンの作品を店に置いてくれるよう交渉してくれたことなどを語った。アレクシスは時折相槌を打ちながら、その話にじっと耳を傾けていた。

「実際、君には才能があると思うよ。王都からの観光客も、君の作品を見たら欲しがるだろう」

 幼い頃から一流に囲まれてきたアレクシスの目に留まったのだから、それは事実だ。

「ありがとうございます。殿下にお手に取っていただけたことは本当に光栄です」

 アレクシスの言葉に、ジャンが心からの謝意を述べる。


(今、ニナはどうしているだろう?ジャンの作品をもっと取り扱えるように相談してみると言っていた。その話はどうなるのだろうか?このまま二人が気まずい関係になってしまうのは、両者にとってもバトン領にとってもいいことではないだろう)

「ジャンは、これからどうするつもりなのかな?」

 アレクシスが遠慮がちに尋ねると、ジャンはくしゃりと顔を歪ませながら微笑んだ。

「もちろん、このままバトン領で作品を作り続けますよ。ニナにも、僕の作品をもっと取り扱いたいって話をもらったばかりでしたしね。作りたいものもたくさんあります。――それに、もともとニナに思いが通じるとは思っていませんでしたしね。まあ、それでも…しばらくの間は胸の痛みと戦うことになりそうですけれど」

 ジャンの返答に安堵しながらも、その心情を思うと辛くなる。

「ジャン、君は立派だよ。これからの君の作品も期待してる」

「ありがとうございます。殿下からの言葉を誇りに、これからも励みます」

 アレクシスの言葉に、ジャンは苦しそうな表情を浮かべながらも、しっかりと頷いた。

お読みくださり、ありがとうございます!

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